森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

創作

我が家の独立宣言 (創作短編小説)

我が家の独立宣言 by 摩耶摩山猫 始まりは浴室だった。ある日、我が家の浴室はわたしからの独立を宣言したのだ。ある蒸し暑い夏の夕方のことだった。 仕事から帰宅すると、寝室とリビングダイニングのエアコンをONにして、全部の部屋が冷えるのを待ちながら…

不快な存在 (創作短編小説)6/6

連載6回目、最終回です。前回まではこちらです。 www.keystoneforest.net www.keystoneforest.net www.keystoneforest.net www.keystoneforest.net www.keystoneforest.net 秋山はセカンドバッグを片岡の前に置くと、深々と頭を下げた。その中に秋山の全財…

不快な存在 (創作短編小説)5/6

連載5回目です。前回まではこちら👇です。 www.keystoneforest.net www.keystoneforest.net www.keystoneforest.net www.keystoneforest.net 医療の第一の目的は病気や怪我による身体的苦痛を取り除くことにあるはずだ。秋山の左手は医学的には何の異常もみら…

不快な存在 (創作短編小説)4/6

連載4回目です。前回まではこちらです。 www.keystoneforest.net www.keystoneforest.net www.keystoneforest.net 秋山の診察にいつまでかかるか見当もつかなかった。もうすでに一時間以上秋山の話は続いている。 残りの患者の診察を終え、時刻を確かめよう…

不快な存在 (創作短編小説)3/6

連載3回目です。1回目、2回目はこちらです。 www.keystoneforest.net www.keystoneforest.net 秋山の話を聞いているうちに、診察室の空気も重くなったように片岡には思えてきた。少し息苦しくなった気もする。どろどろとした話の展開に片岡は口をはさむこ…

不快な存在 (創作短編小説)2/6

連載2回目です。前回分はこちらです。 www.keystoneforest.net 「秋山さん、お伺いしましょう。ゆっくりと最初からお話しください」 とりあえず話を聞くしかないだろう。片岡は覚悟を決めた。「長い話になりますが」と前置きすると、秋山は感情を抑えた口調…

不快な存在 (創作短編小説)1/6

順番待ちの外来患者が、ようやく片手で数えられるほどになっていた。お昼で終了するはずの診察時間はもうすでに二時間は超過している。昼食を昼にとれないのはいつものことだが、その日の片岡にはかなりこたえていた。 要領を得ない老人との面談にも気長に付…

一緒に帰ろう

六月九日朝、夢を見た。父の夢だ。そうだ、今日は父の命日だった。あの日の午後、危篤の報を受けて駆けつけた病室で、父にはまだ息があった。何人かのナースが病室の父の周りに集まっていた。そして次々に家族が駆けつけ、みんなが揃ったのを見届けるように…

ロブラフスカ

さて、プーチンのことだ。彼が一時記憶を失っていたことがあるというのはご存知かと思う。その記憶を失っていた半年ほどの間に世界は大きく変わった。というより地球が大きく変わった、というべきかもしれない。記憶をとり戻したプーチン自身、自分が別の惑…

気持ちの良い朝

実は人間以外にもしゃべることができる生き物がいる。数日前、私はそれを知った。その日は休日だった。休日の朝は庭に出て、家内が育てる花々や私が植えた野菜たちが朝日を浴びて輝く様子を眺めるのがいつものことだった。その朝、庭に出た私に聞こえてきた…

鳩たちの夜 (創作短編小説)

創作小説です。かなり前に書いた作品です。実は、あと何作か以前に書いたものがあります。ほとんどが十数年前に書いたものです。当時参加していた小説同人誌に掲載するために書いたものです。読み返して手直しをして、これからぼちぼちアップしていこうと思…

三角瓜の実る郷 (創作短編小説) 6/6(最終回です)

連載6回目、最終回です。小説連載ですので、途中からご訪問くださった方は、よろしければ下のリンク(第1回)からお願いします(^_^) www.keystoneforest.net * 「──夢はいつもそこで終わります」 店内はすっかり静寂に包まれていた。マイルス・デービスは…

三角瓜の実る郷 (創作短編小説) 5/6

連載5回目です。小説連載ですので、途中からご訪問くださった方は、よろしければ下のリンク(第1回)からお願いします(^_^) www.keystoneforest.net 『瓜』の家の墓地では、祖父の三角瓜が一際目立っていました。一升瓶の倍近くの高さがあって、他より一回…

三角瓜の実る郷 (創作短編小説) 4/6

連載4回目です。小説連載ですので、途中からご訪問くださった方は、よろしければ下のリンク(第1回)からお願いします(^_^) www.keystoneforest.net * 囁くような小さな音が聞こえます。白い靄のようなものが辺りに立ち込めています。その中に私の身体は…

三角瓜の実る郷 (創作短編小説) 3/6

連載3回目です。小説連載ですので、途中からご訪問くださった方は、よろしければ下のリンク(第1回)からお願いします(^_^) www.keystoneforest.net * 客の男は煙草は吸わないらしい。口寂しそうに爪を噛んでいる。私はナッツをいくつか小皿に盛って男の…

三角瓜の実る郷 (創作短編小説) 2/6

連載2回目です。小説連載ですので、途中からご訪問くださった方は、よろしければ下のリンク(第1回)からお願いします。 www.keystoneforest.net * 私は山歩きが趣味でして、お盆休みを利用して毎年あちらこちらの山へ登るのを楽しみにしています。いえ、…

三角瓜の実る郷 (創作短編小説) 1/6

『森の奥へ』へお越しいただきありがとうございます。いつもは、山猫のつぶやきあれこれを掲載していますが、今回は小説創作です。今回の創作短編小説『三角瓜の実る郷』は原稿用紙換算で55枚くらいになります。1記事あたりの分量としては多いと思います…

しあわせ王国とふしあわせ王国 (創作小説)       幸せの定員 ***0*** 

しあわせ王国とふしあわせ王国 遠いむかし、ある星にしあわせ王国がありました。 しあわせ王国はしあわせ王がおさめる国でした。王国が生まれてから数千年、その国の人たちはみんなしあわせでした。王様はもちろん、王様につかえるだいじんも、だいじんの家…

幸せの定員 (創作小説)  ***+10***

幸せの定員(創作小説) ***+10*** 山手南口駅をねぐらに決めている南口のコウチャンは、駅のプラットホームにあるゴミ箱の中を覗いている。読み捨てられた週刊誌を探しているのだ。一冊あたり二十円で売れるから、その日は千円ほど稼いだ計算になる…

幸せの定員 (創作小説)  ***+9***

幸せの定員(創作小説) ***+9*** 藤村は和幸の過去を虱潰しにあたったようだ。「あなたが小学六年生だった時のことです。あなたが転校された小学校で、その一カ月前にも亡くなった人がいたはずです」 藤村はそこで意味ありげに言葉を切り、和幸の反…

幸せの定員 (創作小説)  ***+8***

幸せの定員(創作小説) ***+8*** 通過電車のアナウンスがあり、ホームレス風の男が電車の方を見ると、プラットホームの端に男が立っているのに気づいた。 その時間に駅を利用する乗客は勤め帰りのサラリーマンが大半である中で、その男の格好は少し…

幸せの定員 (創作小説)  ***+7*** これまでの掲載分もまとめています。本年もどうぞよろしくお願いします(^_^)

あけましておめでとうございます。 コロナ禍でのお正月、どうお過ごしでしょうか。 年末の寒波到来で、神戸にも雪が積もりました。 新年の陽光がその雪を溶かしていくように、2021年が明るい年になりますように。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 20…

幸せの定員 (創作小説)  ***+6***

幸せの定員(創作小説) ***+6*** 「キャンプは来週だけど、その間くらい自分で食事作れるよね、和くん?」 話題が変わった。佳恵は心に溜まっていたものをすべて和幸に吐き出して、すっきりしたようだ。「食事作るなんて全然大丈夫。心配しないでい…

幸せの定員 (創作小説)  ***+5***

幸せの定員(創作小説) ***+5*** ――あの時も本当に必死だった。 いじめから逃れようともがいていた小学六年生の和幸が今の自分とダブって見えた。担任の先生は頼りにならなかったし、腹を立てたり、泣いたりしてみたところで、誰も和幸の苦しみを理…

幸せの定員 (創作小説)  ***+4***

幸せの定員(創作小説) ***+4*** 和幸と佳恵は大学の同期生だった。学部は違ったが、同じテニスのサークルに入会して知り合った。新入生歓迎コンパの席順を決めるくじ引きで二人は偶然隣り合わせになった。佳恵は要領よく鍋料理の世話をし、和幸や…

幸せの定員 (創作小説)  ***+3***

幸せの定員(創作小説) ***+3*** 「ついこの前、新しいクラスがスタートしたばかりだっていうのに、緊張感はもう全然感じられないの。これは決してみんなが打ち解けてきたっていう意味じゃないのよ。わたしが何を言っても、あの子たちはみんな目を…

幸せの定員 (創作小説)  ***+2***

幸せの定員(創作小説) ***+2*** 警察の懸命の捜査にも関わらず、犯人の手がかりが一つも得られないまま、一カ月が過ぎていた。 そして、事故の日以来、鬱々と沈み込んでいたそのクラスに転校してきたのが和幸だった。六年生は二クラスしかなく、一…

幸せの定員 (創作小説)  ***+1***

幸せの定員(創作小説) ***+1*** M小学校は和幸が六年生の秋に転校した先の小学校だった。転校の理由は父親の瀬山幸司が長年の夢だったペンション経営を始めるためにM村に引っ越したからだった。 幸司は二十年間勤めた大手家電メーカーを辞め、県…

幸せの定員 (創作小説)  ***-1***

幸せの定員(創作小説) ***-1*** バスは民家の軒先をかすめるようにして器用に狭い道を走り抜けていく。 農協下、役場前、中央通東口、中央通西口……。ほんの数百メートルおきにある停留所に、バスは生真面目に停まって走る。 停留所のベンチに老婆…

幸せの定員 (創作小説)  ***-2***

幸せの定員(創作小説) ***-2*** 「ねえねえ和くん」 食事の手を止め、妻の佳恵が声をかけてきた。佳恵は結婚して半年が過ぎた今でも、大学で知り合った頃の言い方のままで和幸を呼ぶ。 ダイニングにはテレビを置いていない。食事しながらテレビは…