森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

幸せの定員 (創作小説)  ***+10***

 
f:id:keystoneforest:20170801214436p:plain

   

 

 

幸せの定員(創作小説)

 

    

 

***+10***


 山手南口駅をねぐらに決めている南口のコウチャンは、駅のプラットホームにあるゴミ箱の中を覗いている。読み捨てられた週刊誌を探しているのだ。一冊あたり二十円で売れるから、その日は千円ほど稼いだ計算になる。これだけあれば、上等の酒にありつける。その夜のコウチャンはご機嫌だった。毎日一杯のカップ酒を手に入れることさえできれば、それだけでコウチャンは幸せになれる。あとは何もいらない。

 コウチャンは駅が好きだ。鉄道も好きだ。バックパックを背負って駅を乗り降りする若者を見るのも好きだった。どんな旅をするんだろう? コウチャンはあれこれ想像し、若かった頃の自分をそこに重ねてみる。一緒に旅をするならどんな話をしよう。それを想うだけで楽しい。だからたまにコウチャンはカップ酒だけ持って電車に乗り込む。何駅か行って、駅員に見つからないように折り返して、また戻ってくる。目を閉じて、レールが軋む音と車両の揺れとを感じると、旅をしている気になれる。ああ、良い気分だ。

 その昔、大手企業に勤め、家庭を持ったこともあった。子供も生まれた。それなのに、会社の歯車の一つであるよりは、苦労してでも夢のために生きたい、そんなふうに突っ張って会社を辞めた。けど、夢で食っていくのは難しかったなあ。それで結局は、夢も家庭も失くした。でも、そんなことはもうコウチャンは忘れた。遠い昔のことだった。
「ただ今、通過電車が参ります。危険ですので、白線の内側にお下がりください」
 聞き慣れたアナウンスが流れてきた。構内には数人の乗客がいるだけだった。時刻は二十三時を過ぎている。そろそろ顔を赤くした酔っ払いたちが集まってくる時間帯だ。
 一人の酔っ払いがコウチャンを怒鳴りつける。
「目障りなんだよ。おい、おっさんどっか行けよ」
 ロレツが回っていない。目障りなのはどっちの方なのか……。いやいや、酔っ払いには関わらない方がいい。酔っ払いや若い連中の相手をして、ひどい目に遭わされたことがこれまでに何度もあった。そうなっても誰も自分たちを守ってくれやしない。コウチャンは首をうなだれてホームの奥の方に向かって歩きだした。あのゴミ箱を覗いたら、今夜の仕事は終わりにしよう。
 そういえば……、コウチャンはふと思い出した。ジャージの奴を突き落とした、あの時のサラリーマン、足を引きずっていたっけ。あれは確か左足の方だった。かなり悪いみたいだったな……。あの若い刑事は何か思い出したことがあったら連絡してくれって言ってたけど、さあ、どうしたものか。わざわざ刑事の顔を拝みに行く気もしないしな……。
 コウチャンは一張羅のコートの襟を立てた。通過電車が連れてきた突風が、、、、、、、、、、
その背中を押す。押された勢いでコウチャンは大きくよろける。

 

 地下鉄のホームにも冬が静かに忍び寄っていた。

 

 

(了)
  

f:id:keystoneforest:20201123132021j:plain

 

※創作小説『幸せの定員』はここでひとまず終りです。コウチャンから見た幸せ、タカッチャンから見た幸せ、佳恵から見た幸せ、佐々木裕輔の幸せ、瀬山有美子の幸せ、、、作品の登場人物それぞれの幸せについて書いてみたい気もするのですが、今のわたしにはここまでしか書けません。その代わりにもう一つ、幸せについてのお話を書きました。このお正月に書きました。一応新作です(^^;

 連載は次回に続きます。よろしくお願いします(^_^)

 

 

www.keystoneforest.net

  

www.keystoneforest.net

 

www.keystoneforest.net

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よければtwitterものぞいてみてくださいね。山猫 (@keystoneforest) | Twitter

 

f:id:keystoneforest:20180211232422j:plain

山猫🐾@森の奥へ

似顔絵はバリピル宇宙さん (id:uchu5213)に描いていただきました。