森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

一緒に帰ろう

六月九日朝、夢を見た。
父の夢だ。
そうだ、今日は父の命日だった。
あの日の午後、危篤の報を受けて駆けつけた病室で、父にはまだ息があった。何人かのナースが病室の父の周りに集まっていた。
そして次々に家族が駆けつけ、みんなが揃ったのを見届けるようにして父は逝った。
夢に出てきた父は猫の顔をしていた。ほかの誰もが猫の顔をしていた。あの日病室に駆けつけてくれたドクターもナースも猫の顔をしていた。顔は猫だが、みんな二本足で立って歩いている。歩くどころか、立ってしゃべってさえいる。
猫のドクターやナースがしゃべっているその声は人の声で、都合の良いことに日­本語だった。声のトーンや口調で性別も分かった。顔は猫でも、それが誰なのか見分けることができた。
私は毎夜夢を見る。夢にはいつも猫が現れる。違う、猫の顔をした人が現れる。みんな猫の顔だ。本当の猫かもしれないが、人か猫かは声を聞けば分かる。本当の猫なら猫の言葉で喋る。
ところで、父のことだ。
今朝の夢の中で父も猫の顔をしていた。茶色と黒の斑の猫だった。同じような模様の猫は何匹もいた。けれど、すぐにその猫が父だと分かった。
父は無口な人だった。今朝の猫も無口だった。それで分かった。
「一緒に家に帰ろう」と誘うと、優しく穏やかだった父に似合わない厳しい顔をして「もう帰れない」と返された。
そうか、父はとうの昔に死んだのだった。もう帰れないよな、それに、今では私の方が父より歳上だからな、と腑に落ちた。
振り返って父を見ると「じゃあ帰る」と素っ気なく言って、そのまま姿を消してしまった。
いや、消えたのではなくて、よく見ると、父が歩いていった先には何匹もの猫がいて、そいつらに混ざって歩いていくうちに、誰が父だったか見分けがつかなくなっただけだ。
そうだ、思い出した。
父は猫が好きだった。猫の方も人間の中では特に父のことが好きらしくて、父の周りにはいつも複数匹の猫が集まっていた。
今も父の周りには何匹もの猫がまとわりついてきていた。多分その猫たちはみんな猫の言葉で喋るのだろう。
そりゃ、もう帰れないよな、と腑に落ちた。
私が会いたかったのは猫だったか、猫に好かれる父だったか。猫に好かれる猫の顔をした父だったか。
夢の中で毎夜私は猫に出会う。
夢のなかで、私の顔も猫になっているのだろうか。私の声は人の声なのだろうか。
いつか、猫の声で喋る私に出会ったら「一緒に帰ろう」と誘ってみよう。

 

別ブログより転載、加筆しました('◇')ゞ

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山猫🐾@森の奥へ

似顔絵はバリピル宇宙さん (id:uchu5213)に描いていただきました。