森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

ロブラフスカ

さて、プーチンのことだ。
彼が一時記憶を失っていたことがあるというのはご存知かと思う。その記憶を失っていた半年ほどの間に世界は大きく変わった。というより地球が大きく変わった、というべきかもしれない。記憶をとり戻したプーチン自身、自分が別の惑星に放り込まれたのではないかとすら思ったそうだからね。
プーチンが目を覚ました世界は地獄そのもののようなところだった。
大地は赤く焼けただれ、大気はぬるく、血の匂いをたっぷりと含んでいた。
空に太陽はなかった。
空を覆う、ぶ厚く灰色をした雲の遥か高みに、かすかにぼやけた白い小さな点となって漂っているだけだった。
放射能を帯びた強い風が止むことなくひたすら吹いていた。
風は大小さまざまな金属片を巻き込みながら吹いていく。
地面近くを飛んでいく金属片は下手をすると体をざっくりともぎ取っていくほどの勢いだった。
プーチンはロブラフスカを呼んだ。ロブラフスカはプーチンの目であり耳であり鼻であり、頭脳であった。けれど返事はなかった。
プーチンはその名前を少し語気を強めてさらに3回呼んだ。呼んだあと激しく咳き込んだ。苦し気な声が他に誰一人いない、だだっ広い部屋にこだました。
プーチンの努力は徒労に終わった。やはり返事はなかった。
プーチンは大きく悪態をつく。ロブラフスカはプーチンの目であり耳であり鼻であり、頭脳である。そのロブラフスカに悪態をついた。
それから仕方なくプーチンは
ベッドから体を起こした。関節のあちらこちらが軋んで、激しく音を立てた。
思い出した。この部屋はシェルターだった。放射線を含めたあらゆる異質なものの侵入を拒むために作られた部屋だった。右手の壁にはロブラフスカが用意した映像が投影されたはずだった。
プーチンはシェルターの外の世界をその映像で見るのだった。その映像でしか見ないのであった。
プーチンが見たのは、見せられたのは、八月の終わりの世界の映像だった。すべてが終わった世界の映像だった。
半年前に話を戻そう。
特別軍事作戦開始に向けての進捗状況の確認をしていた。
ロブラフスカは言った。
選択肢は赤、青、黄色の三つです。
赤は短時間で。1週間で。
青はゆっくりと時間をかけて。およそ3年くらいで。
黄色はボタンを押す。
ロブラフスカのお勧めは四つ目の、やめる、という選択だったが、絶対にプーチンが選ぶはずがないので除外した。
プーチンはそのとき強烈な頭痛を感じ、ロブラフスカに何を指示したのか、そのあとのことも含めてまったく記憶を失ってしまった。
そして半年が過ぎた。
悪態をつかれたロブラフスカはゆっくりと映像の中に自身の像を現して言った。
お久しぶりです、大統領閣下。選択肢は空、海、大地の三つです。
空は半年前に戻る。
海はさらに半年先に進む。
大地はボタンを押す。
ロブラフスカのお勧めは四つ目の、二十二年前に戻る、という選択肢だった。二十二年前といえば、2000年ロシア大統領選挙が行われ、突如大統領を辞任したエリツィンの後任としてプーチンが大統領になった年だった。が、絶対にプーチンが選ぶはずがないので除外していた。
ロブラフスカ、四つ目を教えてくれ。
プーチンが苦し気に絞り出した声はそう言ったように聞こえた。

 



 



 

 

 

 

 

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山猫🐾@森の奥へ

似顔絵はバリピル宇宙さん (id:uchu5213)に描いていただきました。