森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

阪神淡路大震災

震災通信(阪神淡路大震災体験記) ***6日目(1月22日)***

1月22日(日) 小雨の中、宏兄ちゃん帰る。 家の近くで、バイクでやってきたD本先生(※前任校の同僚)と出会う。僕の被災の状況を訊ねに来てもらったようだ。D本先生の板宿(※須磨区)のアパートも被災。かなりひどいらしい。 M田氏(※南蛮美術館の同…

震災通信(阪神淡路大震災体験記) ***5日目(1月21日)***

1月21日(土) 宏兄ちゃん(※従兄弟、父の長兄の長男、わたしは年上の従兄弟のことを「兄ちゃん」をつけて呼んでいます)が、下三河(※佐用郡南光町)から半日かけて原付バイクで見舞いに来てくれる。 「きんでん」(近畿電気工事株式会社)のロゴの入っ…

震災通信(阪神淡路大震災体験記) ***4日目(1月20日)***

1月20日(金) 昼頃、母が自転車で帰ってくる(※病院から、約8.5㎞)。夕食には、たまたま地震の前に大量に冷凍しておいていた豚肉を、傷んでしまう前にまとめてカセットコンロで焼いて食べるつもりでいた。食器は散乱したものの中から割れてないものを拾…

震災通信(阪神淡路大震災体験記) ***3日目(1月19日)***

1月19日(木) 昼前に家を出て、自転車で海星病院(※灘区)に向かう(※家から約8.5㎞)。母が移動用に使う自転車を届けるためだ。途中、職場(※南蛮美術館)に立ち寄る。そこで昼食をとりテレビを観る。ずいぶん長く観ていなかった気がする。思えば地震か…

震災通信(阪神淡路大震災体験記) ***2日目(1月18日)***

1月18日(水) 早朝、高校で同級だった千葉に住むI淵から電話をもらう。 午前中、海星病院(※灘区)から歩いて帰ってくる母を途中まで車で迎えに行く(※自動車は家から少し離れた駐車場を借りていて、そちらも傷一つなく無事でした)。母はしばらく話を…

震災通信(阪神淡路大震災体験記) ***その日***

長男Mと次男Kへ。 この街をあの大地震が襲った日、長男Mも次男Kもまだ生まれてはいなかった。それどころか、私はまだ君たちの母親となる女性と出会ってさえいなかった。彼女と知り合うのは地震の翌年の春のことだ。 震災の記憶は今も鮮明に脳裏に焼き付…

震災通信(阪神淡路大震災体験記) ***震災前夜***

明日、阪神淡路大震災の発生から26年を迎えます。 あの日から10年が過ぎようとしていた16年前、わたしは次第に薄れていく震災の記憶を、当時つけていた日記と、そのころちょうど始めたばかりだったパソコン通信でのメールのやりとりとを手掛かりにして、文章…

防災グッズを点検する 〜阪神淡路大震災から24年

成人の日に続く三連休の3日目、わが家に備えている防災グッズの点検をした。 あの日のことを思う。 今年で24年目。 あの日は三連休明けの火曜日だった。 当時成人の日は1月15日、平成7年はその日が日曜にあたっていたので翌月曜は振替休日、それで三…

大雨一過~7月8日20時15分、神戸、大雨警報解除

7月8日20時過ぎ、4日間にわたって神戸市に発令されていた大雨警報がようやく解除されました。 西日本各地に甚大な被害を与えた大雨でした。 わが家は停電こそしましたが、それ以外は大過なく今日を迎えることができました。 www.keystoneforest.net 1…

わが家の「ワレモノ注意!」たちへの避難指示解除~大阪北部地震その後

6月18日に発生した大阪北部地震について触れた前回の記事にたくさんのお見舞いコメントをいただきました。 b204638さん、happy-ok3さん、anneseaさん、sufuretanさん、mraka2015さん、mamichansanさん、keiko-blogさん、toikimiさん、sumino72さん、ColdS…

大阪北部地震〜神戸から

その時、わたしは神戸市内にある職場のスタッフルームに立っていました。 プリントアウトした職場の予定表を掲示ボードに貼ろうとするところでした。 不意に異様な音が鳴り響きました。 6月18日7時58分のことでした。 SF映画で聴くようなその機械的…

死者は生者の記憶のなかにしか生きられない **ブックマーク・ツイートから** 山猫ノート21

死者は生者の記憶のなかにしか生きられない 歌人永田和宏の言葉です。 生きている者、生き残った者は、生きている限り死者のことを思い返します。 近い肉親であったり、愛した人であったりすればなおさらに。 その人の好きだった食べ物や花、飲み物や音楽、…

23年目の1月17日、新月の夜です。新月は地上からは見えない月です。

23年目の1月17日、新月の夜です。 今夜の空を確かめたくて駅から歩いて帰りました。 わたしの家は山の中腹にあり、駅から山を登ります。 駅前にあるバス停には数人の列ができていました。 すぐにバスが来るようです。 ですが、わたしはバス待ちの列に並…

神様なんて、だいっきらい。

神様なんて、だいっきらい。バチあてやっからな。 ルパン三世の言葉です。 好きとか嫌いとか、それは同じ人間を相手に思うこと。 好きとか嫌いとかの対象に神様はなりません。 でも、そもそも神様って、仏様って、人を救ってくれる存在のはず。 それがどうし…

23年前のあの夜、街灯りが消えた神戸を満月が見下ろしていました。

て 今月、2018年1月には満月が2回巡ってきます。 ブルームーンと呼ぶそうです。 1月の満月で一番に頭に浮かんだのは、23年前のあの夜の満月でした。 街灯りが消えた神戸を満月が見下ろしていました。 暗闇に浮かぶ満月は怪しいほど明るく見えました…

日常と非日常。                         

私は阪神淡路大震災を経験した一人です。 あの大震災はほんの数日のうちに何百、何千と言う人の命を奪いました。 あの日の後も、大災害が日本や世界を繰り返し襲っています。地域紛争という名の戦争も止みません。 人が一生のうちでたった一度でも経験するか…

かみさまのいじわる

あの日から22年が経つ。この先いくつ歳を重ねても、あの日を忘れることは絶対にない。 人生のなかで一番強烈な記憶。 かみさまのいじわる なんでえいじのいえつぶしたんやえいじのいえつくれつくられへんねんやったらおかねくれおかねもくれへんねんやった…

山猫ノート 阪神淡路大震災記 7

*その日の日記。 だが、その日に書いた日記ではない。数日後にその日を思い返して書いたものだ。 1月17日(火) 不気味な地響きを感じて目がさめた。直後、激しい揺れに襲われる。前夜軽い揺れを感じていたのですぐに地震だと気づいたが、だからといって…

山猫ノート 阪神淡路大震災記 6

あの日の昼頃まではそうやって、ずっと家の瓦礫を掘り返して過ごしていた。 いつ頃家に戻ったのかよく分からない。覚えているのは、わが家の薄暗い一階のダイニングで、食器棚から飛び散ったお皿や茶碗の山と、中身を全部放り出してドアが開いたままだった冷…

山猫ノート 阪神淡路大震災記 5

しばらくして、瓦礫の下から声が聞こえてきた。うまい具合に空間があって、そこに老夫婦がいるのが確認できた。おばあさん、おじいさんの順に引き上げた。どちらも怪我はないようだった。おばあさんは薄着だったから、後で家からセーターを取ってきてそれを…

山猫ノート 阪神淡路大震災記 4

ラジオからは朝のパーソナリティが地震の状況を伝える緊迫した声が聞こえてきていた。声は堅くぎこちなかった。けれど、地震のひどさを推し量ることができたのはそんな声の表情からだけで、大阪のラジオ局の情報でさえ、思うように状況を把握できないもどか…

山猫ノート 阪神淡路大震災記 3

その後、私は一度、部屋に戻る。パジャマ姿のままだったから、着替えをしようと思った。でも考え直して、パジャマを脱がず、その上にジーパンとトレーナーを重ね着して、スキーウェアもさらに着込んだ。スキー用のグローブも持った。さほど寒さは感じなかっ…

山猫ノート 阪神淡路大震災記 2

地震から何日か停電していたから、個人的な一番の心配事といえば、家のことなんかじゃなくて、パソコンのハードディスクの中のデータのことだった。パソコン本体ならまた買い直すことができる。でも中身が消えたら戻ってこない。と言っても、ハードディスク…

山猫ノート 阪神淡路大震災記 1

1995年1月17日、朝。 まだ寝ていた。けれど、揺れが来た時にはもう起きていた。五時四十六分ーーの数分前か、数秒前か、地鳴りを感じた。それが伝わってくる気味悪い気配で目が覚めた。方角は分からなかった。でも、それが遠くの方からものすごい速さ…

緊急地震速報

10月21日14時過ぎ、いつものように6時間目の授業が始まろうとしていたとき、校内放送が響いた。 「鳥取県で地震発生、強い揺れに備えてください。緊急地震速報 震度3 およそ25秒後 最大震度6強 震源地 鳥取県中部」 これは来る、と感じた。近くに…