
幸せの定員(創作小説)
バスは民家の軒先をかすめるようにして器用に狭い道を走り抜けていく。
農協下、役場前、中央通東口、中央通西口……。ほんの数百メートルおきにある停留所に、バスは生真面目に停まって走る。
停留所のベンチに老婆が座っている。気持ち良さげに目を閉じ、居眠りをしている。バスは軽くクラクションを鳴らして老婆を起こす。はっと目を覚ました老婆は運転手を拝むような仕草をしてバスに乗り込んできた。あいにく車内は満員だ。老婆が増えた分、降車扉のすぐ傍に立っていた、腹にたっぷりと贅肉を蓄えた初老の男が代わりにバスから押し出される。
通路に立っていた中年の女性が老婆に優しげな声をかける。二人の女性が話す声が和幸の耳に届いてくるが、訛りが強くて何を言っているのかよく分からない。ひそひそ話が席を譲ろうとしない自分を非難しているように聞こえてくる。耳に障ってたまらない。和幸は深く座席に腰を沈めたまま、知らぬ風を装って相変わらず外を眺めている。
やがてバスはM小学校前に停車する。珍しく乗車待ちのお客さんはいない。
遠くの方から、ランドセルを背負った少年の和幸が、発車間際のバスに向かって必死で走ってくる。少年の和幸は苦しそうに顔をひどく歪め、今にも泣きだしそうな表情だ。顎を上げ、口を大きく開けて喘いでいる。足がもつれそう。
バスが発車準備を始める。
車中の和幸は思わず立ち上がる。息ができない。車中の和幸もびっしょりと汗をかいている。
まだまだ日は高い。
(続く)
似顔絵はバリピル宇宙さん (id:uchu5213)に描いていただきました。