幸せの定員(創作小説)
バスの揺れに合わせて乗客が揺れる。車窓に映る景色も同じように揺れる。上に下に、左に右に。大きく、小さく。
シャーシが軋む音と整備の悪い道の具合からすれば、そのバスはおそらくかなりのオンボロで、たいていは田舎道を走っているのだ。
乗客たちは皆、前を凝視している。遥か前方に淡い光が見える。バスはその光に向かってゆっくりとゆっくりと走っていく。
バスはいつも満員。それで足らずに、屋根にもドアの外にも何人も何十人もがしがみついて乗っている。もはやそれ以上は猫一匹だって乗れそうにない。それなのに、停留所にはおびただしい数の人たちが待っていて、バスが着くたびに、その大勢の人たちが先を争って乗り込もうとしてくる。
乗客たちは、いつ来るか分からないこのバスをずっとずっと前から待っていた。停留所があるんだからきっといつかやってくる。そう信じて待つしかなかった。なにしろ、この停留所の時刻表には何も書いてない。この便を逃したら、次来るのはいつになるか分からない。分からないけれど、みんな知っている。次のバスが来るのは数年後か数十年後か。ひょっとしたら、これが最終便かもしれない。そうも思っていた。だから、なんとしてもそのバスに乗らないといけないのだ。
しばらくしてバスはまた走り出す。誰が乗ったか乗れなかったか、バスにはあまり関係ない。ただ淡々と走る。
時折大きな石か何かを踏んで、バスは車体がバラバラになりそうなくらいに激しく揺れる。はずみでバスから放り出されてしまう客もいるし、せっかく席を確保していたのに、振動で気分を悪くして降りてしまう客もいる。そしてまた、その空いたばかりの席にタイミング良く座れる人もいる。
乗り遅れて大きく手を振る人影がある。置いていかないで、と叫んでいる。でも、一度走り出したバスはもう止まらない。その人影はみるみる視界の彼方に遠ざかっていく。
ひょっとしてあれは自分じゃなかったか、そんな人影に気づくたび、不安のイバラが瀬山和幸の心臓をそっと撫でる。ばかな、、、オレはここに座っている。ちゃんとバスに乗っている。
でももう一つ、以前から気になって仕方がなかったことに和幸は思い当たる。
僕の隣に座っているのは誰なんだ?
確かめたくてどうしようもないのに、どうしてもそちらに首を振ることができない。何かに堅く縛められたように首が動かない。気にすればするほど身体全体が強ばっていく。
そうして、びっしょりと寝汗をかいて、和幸は目を覚ます。
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