森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

幸せの定員 (創作小説)  ***-3***

 
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幸せの定員(創作小説)

  

 

***-3***


 バスの揺れに合わせて乗客が揺れる。車窓に映る景色も同じように揺れる。上に下に、左に右に。大きく、小さく。
 シャーシが軋む音と整備の悪い道の具合からすれば、そのバスはおそらくかなりのオンボロで、たいていは田舎道を走っているのだ。
 乗客たちは皆、前を凝視している。遥か前方に淡い光が見える。バスはその光に向かってゆっくりとゆっくりと走っていく。
 バスはいつも満員。それで足らずに、屋根にもドアの外にも何人も何十人もがしがみついて乗っている。もはやそれ以上は猫一匹だって乗れそうにない。それなのに、停留所にはおびただしい数の人たちが待っていて、バスが着くたびに、その大勢の人たちが先を争って乗り込もうとしてくる。
 乗客たちは、いつ来るか分からないこのバスをずっとずっと前から待っていた。停留所があるんだからきっといつかやってくる。そう信じて待つしかなかった。なにしろ、この停留所の時刻表には何も書いてない。この便を逃したら、次来るのはいつになるか分からない。分からないけれど、みんな知っている。次のバスが来るのは数年後か数十年後か。ひょっとしたら、これが最終便かもしれない。そうも思っていた。だから、なんとしてもそのバスに乗らないといけないのだ。
 しばらくしてバスはまた走り出す。誰が乗ったか乗れなかったか、バスにはあまり関係ない。ただ淡々と走る。
 時折大きな石か何かを踏んで、バスは車体がバラバラになりそうなくらいに激しく揺れる。はずみでバスから放り出されてしまう客もいるし、せっかく席を確保していたのに、振動で気分を悪くして降りてしまう客もいる。そしてまた、その空いたばかりの席にタイミング良く座れる人もいる。
 乗り遅れて大きく手を振る人影がある。置いていかないで、と叫んでいる。でも、一度走り出したバスはもう止まらない。その人影はみるみる視界の彼方に遠ざかっていく。
 ひょっとしてあれは自分じゃなかったか、そんな人影に気づくたび、不安のイバラが瀬山和幸の心臓をそっと撫でる。ばかな、、、オレはここに座っている。ちゃんとバスに乗っている。
 でももう一つ、以前から気になって仕方がなかったことに和幸は思い当たる。
 僕の隣に座っているのは誰なんだ?
 確かめたくてどうしようもないのに、どうしてもそちらに首を振ることができない。何かに堅く縛められたように首が動かない。気にすればするほど身体全体が強ばっていく。
 そうして、びっしょりと寝汗をかいて、和幸は目を覚ます。

 

 

(続く)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

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山猫🐾@森の奥へ

似顔絵はバリピル宇宙さん (id:uchu5213)に描いていただきました。