森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

天才マジシャンになりたい (創作短編小説)

 

 

【お題】「もしも魔法が使えたら」で書いたエピソードのひとつは、私が高校生だった頃に書いたお話を下敷きにしました。

 

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高校生の頃、私は将来小説家になることを夢に見、同じく漫画家になることを夢に見ていた友人Sと一緒に、手書きの小説・雑文集(同人誌)を作っていました。
4号か5号くらいまで、青焼きのコピーで10冊ほど
ずつ作り、友人たちに配ったと思います。

 

ところが、同人誌自体は一冊も残っていません。

目の前に迫った大学の受験勉強から逃避するように熱中して作ったはずなのに。
何度か引越しをし、どこかにやってしまったようです。
なので、あれから数十年を経た今となっては、それがどんなものだったのか知るすべはないのです。
ひょっとして、Sならそれを残しているかもしれません。
でも、高校卒業後別々の大学に進学した私たちは、それから数回会っただけで、その後はずっと長いご無沙汰をしています。
今となっては互いの住所さえ知りません。

手元にあるのは、自分の手書き原稿だけです。

 

先日の記事を書いてから、それを無性に読みたくなりました。
あれこれ探し、引き出しの奥に見つけました。
自分が書いた文字やイラストと何年、何十年ぶりかに再会しました。

私は教員になり、Sは銀行員になったはずです。
Sはとても絵がうまくて、松本零士と萩尾望都が好きで、このふたりの名前を組み合わせてペンネームにしていたっけ。
私は筒井康隆の大ファンでした。
彼と同じく、私も筒井康隆からペンネームを考え、受験する大学は筒井康隆が住んでいた神戸を選びました。
そして、大学卒業後もこの神戸の街に住んでいます。

Sとの付き合いがなければ、私は神戸とは別の街に住んでいたかもしれないな。

 

 

 

 

天才マジシャンになりたい(創作短編小説)

 

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「おじさん、その仕掛け教えて。ねえ、教えてよぉ」

子供たちに取り囲まれて、おじさんと呼ばれたその男は弱り果てていた。
男は天才マジシャンという肩書きで、とある街の保育園のクリスマス会を訪ね、つい先ほどまで見事なマジックを次々に披露していたところだった。

子供たちが男を見る目がきらきらと輝いている。

男が「これでもう今日のマジックはおしまいだよ」と告げると、子供たちが男を引きとめ、おねだりを始めたのだ。

「お願いします。どんなマジックでも結構ですので、ひとつだけでも子供たちに教えてくださいませんでしょうか」

保母さんも子供たちの仲間に加わった。

「いやぁ……、弱りましたなぁ」

男はひどく申し訳なさそうに頭を下げ、子供たちの言葉をさえぎろうとするように両手を上げた。

ところが、子供たちの声は高まるばかり。

男は意を決して顔を上げ、ひとつ大きな咳払いをしてしゃべり始めた。

「実は、私は天才マジシャンなどではないのです。ただの魔法使いです。ですから、マジックの仕掛けなんてひとつも知りません」

保母さんは大笑い。

「魔法使いなんて、冗談ばっかり……」

とても信じてもらえそうにない。

「では、証拠を見せるしかあるまい」

男は手にしていた杖を大きく振った。
すると、保育園の花壇に、緑色の茎みたいなものが不意ににょきにょき伸びてきたかと思うと、まだ冬だというのに赤や黄色の花たちが次々に咲き始めた。

かぶっていた山高帽を放り上げると、中からきらきら光る花びらをまち散らしながら、UFOのように部屋中をふわふわ飛んでいった。

子供たちはうれしそうに拍手喝采。

男があきれ果てて大きなため息をつくと、ため息のもやもやが集まり、ひとつの雲になった。
飛んできた山高帽がその雲に乗っかって、赤い帽子と大きな白ひげに大変身。
白ひげからびゅんと赤いコートが床に伸び、手が出て足が出て、たちまちサンタクロースが現れた。
「メリークリスマス!」

サンタクロースは驚く子供たちにおもちゃを配り、それが終わると、あっと言う間にまた元の山高帽に戻った。
そして、男が口笛を吹くと、山高帽はビュンと飛んで男の頭の上に舞い戻ってきた。

「まあ、素晴らしい。こんなに楽しいマジックを見せていただいた上に、おもちゃまで」

保母さんも子供たちも大喜び。

「だから、これはマジックなんかじゃないんですって……」

男は、信じられないという顔をして、背中のマントを一振りした。

白い煙があたり一面にたちこめる。

それが晴れた後には、男の姿は影も形もなくなっていた。

「わぁ~、先生。天才マジシャンのおじさん、帰っちゃったよぉ」

「ほんとね。でも、みんなが良い子にしていれば、来年もきっとまた来てくださるわよ」

保母さんは満面の笑顔を浮かべて子供たちを慰めた。

 

 

 

 

 

  
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