森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

プロポーズ (創作短編小説)

 

 

彼は迷っていた。
困っていた。悩んでいた。

あれこれ思い悩んで眠れない日が続いていた。

ガールフレンドのAikoになんとか自分の想いを伝えたいのだけど、一体どう言えばいいだろう。

 

彼が伝えたいのは、つまり、彼女と結婚したい、という想いだ。
ここ数日、いや数週間か、彼は、彼女へのプロポーズの言葉をどうしようか、ずっと考えている。

Aikoはあれで、なかなか気の強いところがあるから、押しの一手じゃ、かえってマイナスかもしれない。

 

まずは、ま正面から。

「結婚しよう」

「僕についてきてくれ」

「君を幸せにできるのは僕しかいない」

「君には僕以外のことを考えてほしくない」

「僕は君と結ばれるために生まれてきたんだ」

「君は僕の太陽だ。きらめく星だ。月だ」

いや、月はダメか。

「嫁さんになってくれ」

あー、ダメダメダメ。

 

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それとも、からめ手から婉曲に伝えた方がいいだろうか。

「君のことを考えると僕は知らずに涙を流してしまう。涙のわけは悲しみじゃない。僕のそばに君がいてくれる、それを感じただけで自然に涙がこぼれる。この涙は、えーっと、君の心と僕の心をつなぐ、えーっと・・・」

うーんと、何のことやら意味が分からなくなってきた。

 

やり直し。

「僕は夕べ夢を見た。僕は赤ちゃんを抱いているんだけどね。その子の大きな目が君にそっくりなんだ。そして、口元は僕に似ていて、その口を開けて『パパ』って呼んでくれるんだ。夢の中で僕は幸せだった。でも、僕は寂しかった。それが夢だって分かったからね。僕はこんな寂しさを二度と味わいたくないんだ。分かってくれるかい?」

 

「結婚っていう言葉はさ、僕と君とのために神様が考えてくれた言葉なんだって、ふと思ったんだ。君はそう思わないかい?」

 

「僕は今、生きているかも知れないし、そうじゃないかも知れない。君と離れてるときの僕は、息を吸って吐いて、目を開けて閉じて、それをただ繰り返して、何も考えていないただの抜け殻なんだ。君と一緒に暮らして、初めて僕は生きてるって言えるんだと思う」

 

これならいけるかも、と心が決まりかけて、でも、やっぱりこっちの方がいいか、と思い直し、また、次の日には、これではダメだ、と自信をなくす、という日がさらにしばらく続いた。

 

夏の終わりのある夜。

 

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空には満天の星、月は見えない。
風はさわやかに草原を渡りきて、こすれる草木の音と虫たちの声が聞こえてくるばかり。
命短い虫たちは、精一杯に想いを伝え合っている。
風のせいで少し肌寒い。
彼とAikoは息が届くほどの距離に並んで座っている。
南の空に、細長い光跡を残して星が流れた。

深い深い深呼吸をひとつして、ついに彼はAikoに想いを伝えた。

 

少し声は震えたが、完璧に言えた。
と、彼は思った。

でも、

 彼のプロポーズの言葉を聞いてAikoはつくづく呆れたという表情になり、彼に向かって厳しく言い放った。

 

「ホントに信じられない。あたし、あなたのそんなところが大っ嫌い。どうして、そんなに結婚にこだわるの? もう、そんなことなんてどうだっていいじゃない。あんまりしつこいと、もう知らないからね」

 

そして、

地球最後の女であるAikoは、地球最後の男である彼の向こう脛を思いっ切り蹴りあげた。

 

 

 

 

 

 

  
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