彼は迷っていた。
困っていた。悩んでいた。
あれこれ思い悩んで眠れない日が続いていた。
ガールフレンドのAikoになんとか自分の想いを伝えたいのだけど、一体どう言えばいいだろう。
彼が伝えたいのは、つまり、彼女と結婚したい、という想いだ。
ここ数日、いや数週間か、彼は、彼女へのプロポーズの言葉をどうしようか、ずっと考えている。
Aikoはあれで、なかなか気の強いところがあるから、押しの一手じゃ、かえってマイナスかもしれない。
まずは、ま正面から。
「結婚しよう」
「僕についてきてくれ」
「君を幸せにできるのは僕しかいない」
「君には僕以外のことを考えてほしくない」
「僕は君と結ばれるために生まれてきたんだ」
「君は僕の太陽だ。きらめく星だ。月だ」
いや、月はダメか。
「嫁さんになってくれ」
あー、ダメダメダメ。
それとも、からめ手から婉曲に伝えた方がいいだろうか。
「君のことを考えると僕は知らずに涙を流してしまう。涙のわけは悲しみじゃない。僕のそばに君がいてくれる、それを感じただけで自然に涙がこぼれる。この涙は、えーっと、君の心と僕の心をつなぐ、えーっと・・・」
うーんと、何のことやら意味が分からなくなってきた。
やり直し。
「僕は夕べ夢を見た。僕は赤ちゃんを抱いているんだけどね。その子の大きな目が君にそっくりなんだ。そして、口元は僕に似ていて、その口を開けて『パパ』って呼んでくれるんだ。夢の中で僕は幸せだった。でも、僕は寂しかった。それが夢だって分かったからね。僕はこんな寂しさを二度と味わいたくないんだ。分かってくれるかい?」
「結婚っていう言葉はさ、僕と君とのために神様が考えてくれた言葉なんだって、ふと思ったんだ。君はそう思わないかい?」
「僕は今、生きているかも知れないし、そうじゃないかも知れない。君と離れてるときの僕は、息を吸って吐いて、目を開けて閉じて、それをただ繰り返して、何も考えていないただの抜け殻なんだ。君と一緒に暮らして、初めて僕は生きてるって言えるんだと思う」
これならいけるかも、と心が決まりかけて、でも、やっぱりこっちの方がいいか、と思い直し、また、次の日には、これではダメだ、と自信をなくす、という日がさらにしばらく続いた。
夏の終わりのある夜。
空には満天の星、月は見えない。
風はさわやかに草原を渡りきて、こすれる草木の音と虫たちの声が聞こえてくるばかり。
命短い虫たちは、精一杯に想いを伝え合っている。
風のせいで少し肌寒い。
彼とAikoは息が届くほどの距離に並んで座っている。
南の空に、細長い光跡を残して星が流れた。
深い深い深呼吸をひとつして、ついに彼はAikoに想いを伝えた。
少し声は震えたが、完璧に言えた。
と、彼は思った。
でも、
彼のプロポーズの言葉を聞いてAikoはつくづく呆れたという表情になり、彼に向かって厳しく言い放った。
「ホントに信じられない。あたし、あなたのそんなところが大っ嫌い。どうして、そんなに結婚にこだわるの? もう、そんなことなんてどうだっていいじゃない。あんまりしつこいと、もう知らないからね」
そして、
地球最後の女であるAikoは、地球最後の男である彼の向こう脛を思いっ切り蹴りあげた。