どうだい? 恐竜は見えるかい?
土曜の朝7時半、次男のKに私は声をかけた。
Kはタオルケットを身体にぐるぐる巻きにしたままプレーリードッグのように立ち上がって窓の外を眺めている。
何のこと? 恐竜? 何それ。
そう返しながらKはこちらを振り返る。
そうか、まだ恐竜はやってこないか。それは良かった。
台風が近づいている。
昨日のテレビは、明日の午後には九州に上陸すると叫んでいた。
かの国が、この国上空を通過するミサイルを撃った昨夜のニュース、台風接近がトップで報じられた。
10分ちょうどにわたって台風関連の最新情報が伝えられた後、続く20分がミサイルの話題に割かれた。
ミサイルより先に台風がやってくる。
台風の方が強敵らしい。
そんなことより、警報は?
Kが期待に満ちた表情でこちらを見る。
気象警報のことだ。
警報が出れば部活動が休みになる。
窓の外は夜明け前のように薄暗い。
風は不気味なほど強いが、雨はまだだ。
まだ出てないよ。
日曜の夜、豪雨が襲った。
結果的に、台風は各地に大量の雨を降らせ、ライフラインを破壊し、多くの人命を奪った。
ミサイルは無人の太平洋に落ち、何の被害ももたらさなかった。
かの国のテレビニュースをかの国の人たちが観ることができるのかどうか知らない。
ニュースで台風情報が伝えられることがあるのだろうか。
直撃する可能性が大きいことが分かれば備えることができる。
庭の鉢植えを玄関内に避難させ、不安定な洗濯物干しは先に倒しておいた。
家中の雨戸を締め切り、換気扇のシャッターも閉じた。
懐中電灯と貴重品類を枕もとに置いた。
どこまでも付け上がる、かの国の独裁者。
独裁者はミサイル発射の映像を公開し、「核武力の完成目標はほぼ終着点に至った」とうそぶいた。
あいつはまだ最後の決断は下していないらしい。
『午後の恐竜』という作品がある。
作者は星新一。
星新一の作品で傑作選を編むとすれば、まず第一にこの作品を推す人が多いはずだ。
短編なので極力ストーリーには触れない(つもりですが、分かってしまうかもしれませんので、未読の方にはごめんなさい)。
冒頭を引用して紹介する。
男は目をさました。ねどこのなかで軽くのびをする。どこかで、近所の幼い子供たちの、夢中になってさわいでいる声がする。
「わあ、怪獣だ、怪獣だ」
と叫びあっている。そのなかに、幼稚園へかよっている彼の坊やの声がまざっていることも、すぐにわかった。
男は手をのばし、枕もとの時計を取る。カーテンごしの陽の光で時計を見る。午前十時半。※星新一「午後の恐竜」より
地球最後の日の午後、世界に恐竜が現れる。
だが、突然姿を現した恐竜たちに誰も触れることはできない。
恐竜たちも何も破壊することはない。
街中が3D映画館になったように、恐竜たちは平和な街をわが物顔に歩き回る。
街はあくまでも平和なままだ。
やがて、主人公はその3D映画の映像の意味に気づく。
Jアラートの警告音が早朝の街に響き渡る。
平和だった街は、極度の緊張の底に突き落とされる。
独裁者は叫んでいる。
列島の4つの島を、核爆弾で海中に沈める、と。
Jアラートを聞いて、この国の、私たちはどうすればいい?
かの国の人たちとは違う。
あらかじめたくさんの情報を与えられている私たちは、Jアラートの警告音を聞いてどう動けばいい?
騒ぎすぎだ。不安をあおるな。
きっとそんなこと言ってる場合じゃない。
作中で、坊やが見た怪獣はマストドンザウルスと言った。
体長2メートル半ほどのワニに似た生き物らしい。
明日の朝、庭でそいつに出くわすかもしれない。