森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

百万ドルの夜景を肴に呑む。 (創作短編小説)

 いやぁ、なかなか結構な見晴らしではありませんか。
 ……
 ええ、ええ。坪百万で? それはそれは、いい買い物をなさいましたな。いずれはこんな所に住んでみたいものです。
 ……
 元は池ですか。こんな山の上に池?
 ……
 ひめがいけ? ああそうですか。お姫様の姫にカタナカのケで、姫ヶ池ですか。お姫様の池で姫ヶ池、姫ヶ池姫ヶ池──、なかなか色っぽい名前じゃありませんか。
 ……
 なんだか曰く因縁がありそうですな。そうそう、そう言えば入り口にあった石碑に、この辺りの由緒が書いてありました。
 ……
 それはそれは、昔のこととは言え、かわいそうなお話ですな。
 ……
 ああそれで、市が売りましたか? こんな辺鄙な土地まで──。いやいや、失礼失礼。口が滑りました。
 ……
 財政難なんでしょうな、市の方も。空港なんぞつくるからでしょう。
 ……
 いやいや、相変わらず厳しいものです。なかなか先生のように悠々自適という訳にはいきませんな。
 ……
 ところで、夜ともなれば、さぞかしきれいな夜景が見渡せるんでしょう?
 ……

 

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 左手に見えるビル街は、あれは梅田ですか。右は──、ほうほう、あそこにうっすら霞んでいるのは淡路島でしょうな。
 ……
 いやぁ、それにしても、本当にいい所ですなぁ。ここから望める夜景を肴に、美味い酒が飲めるというもので。おまけに静かだし。車の騒音なんてまったく聞こえてきませんからな。
 ……
 どうせ辺鄙だからって? そう怒らないでくださいよ。
 ……
 お互い様ですって? 口が悪いのは? もう勘弁してください。
 ……
 どうです、そっちにもいい酒がありますか?
 ……
 ほうほう、そうですか。そんなにいい酒がありますか。こりゃ先々楽しみが一つ増えました。歳はとっても医者がどう言おうとも、こればっかりは止められるものじゃありませんからな。
 ……
 あ、今、鳥が鳴きませんでしたか?
 ……
 そりゃないでしょう。スズメじゃないですよ、あの鳴き声は。
 ……
 ほう? イノシシも出ますか。そりゃさすがにヘン──、いやいや、これくらい山深いところでしたら仕方ありませんでしょう。イノシシなら、ずっと下った駅の辺りにも出没するそうですから。
 ……
 そうそう、そうでした。ここに来る道すがら、やたらあちこちに看板が立ってましたな。「餌をやらないで!」っていう看板が。例の石碑の横にも立っていました。
 ……
 そうですか、子連れで来ますか。ウリ坊って言うらしいですな。わたしも一、二度出会ったことがありますよ。そりゃ可愛いもので──。いやいや、そんなこと言っちゃいけませんな。そんなこと思っている奴が餌をやったりするんですから。
 ……
 球根を? 掘って食べますか。あいつらも必死ですね。
 ……
 水仙を? 全部やられましたか。そりゃ残念でしたね。
 ……
 ええ? 骨も出てきた?
 ……
 ほう、白くて固くてね。そりゃ、おっしゃる通り骨でしょうな。で、どちらから出てきました?
 ……
 三軒隣?
 ……
 ああ、なるほど、あの石ですか。まだ少し傾いたままですな。掘り返した跡もそのままで。
 ……
 いやいや、気味が悪いですなぁ。それでその骨はどうなりましたか?
 ……
 食べた? やはりイノシシが、ですか?
 ……
 ああ、それは酷い。大丈夫ですかなぁ。ご家族の方はお気づきじゃないんで?
 ……
 え? 先生のもやられた?
 ……
 もう空っぽですか、この中は。いやいやそれはそれは大変でしたなあ。
 ……

 それではわたしは一体どなたとお話ししてたんでしょうな。いやいや呑みすぎました、呑みすぎました。

 

 

 

 

 

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