森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

山猫家、家族そろって少林拳空手道に挑む。

山猫家では家族4人(私、奥さん、長男M、次男K)で近くの公民館で開かれている空手教室に通っていた。

K以外は黒帯をもらっていて、Kも次の昇級審査に合格すれば初段、黒帯を巻くことができる。練習は日曜の午前にあり、家族4人そろって習っていた数年前までは、山猫家の日曜の朝はけっこう慌しかった。

一口に空手と言っても、いくつもの流派がある。

空手は2020年東京オリンピックの新種目に選ばれたが、空手道として一つに統一されたものではない。

山猫家が入門したのは少林拳空手道だ。中国武術にも少林拳というものがあるが、それとは関係はない。

 

講道館に統一されている柔道とは異なり、空手道には多数の流派が存在し、流派によって教える型や訓練法、試合規則も大きく異なる。大別すると、空手道の競技形式は伝統派空手とフルコンタクト空手、防具付き空手に分類することができる。これらは必ずしも一つの流派の団体や道場全てが同じ競技形式を採用しているとは限らず、同じ流派でも考え方が異なれば別の競技形式を採用し別団体となっている事がほとんどである。

(Wikipedia「空手道」より)

 

空手には型と組手とがある。

山猫が通った空手教室では主に型の練習をしていた。

型とは、対戦相手を実際に蹴ったり突いたりするものではない。各種の技を決まった順番で演武する1人練習形式のことで、演武の時間は数十秒の場合もあれば数分続く場合もある。

空手あくまでも護身のために使うのだから、型はまず相手の攻撃を受けることから始まる。

正面から攻撃してくる相手の右足蹴りを左手を下げて左下段で受け、すかさず右・左の突きを繰り出し、右足蹴りを相手のわき腹に叩き込む。続いて、右からかかってくる相手の上段突きを左手を上げて受け流し、また右・左の突きを繰り出す…、みたいな動きを一人で演じる。

相手からの攻撃は自分でイメージするだけだ。だから痛くはないけど、突きも蹴りも相手にダメージを与えるつもりで力いっぱ繰り出さないと型が決まらない。続けると、息が上がる。かなりきつい。

今、Kが次の初段審査に向けて練習しているチントウの型は3分くらいかかる。冬場の練習でも、すぐに汗が噴き出す。

少林拳空手道では、初段獲得までにアーナンクー、ワンシュウ、セイサン、チントウなどの型を覚えないといけないが、少林寺流空手道錬心舘にそれと同じ型があるので、おそらくそこから派生した流派なのかもしれない。

 

入門後、無級の白帯から始まり、10級から黄色の帯がもらえる。

年に4回ある昇給審査に合格すればひとつずつ昇級するが、審査は毎回受けられるものではない。審査は型を見る。組手に強いかどうかは昇級とは関係がない。

指導する師範が見て合格できるというところまで型の演武が仕上がっていないと審査は受けさせてもらえないことになっている。

 

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合格すると昇級し、帯の色も変わっていく。緑、紫、茶色、黒と上がっていく。そして、覚えないといけない型の内容は少しずつ複雑になっていく。

 山猫家で最初に入門したのは、奥さんとMだった。

Mがまだ幼稚園に通っていた頃のことだ。

たまたま近くにあった空手教室にMを通わせるつもりで奥さんが見学に行ったのだが、自分の方が空手に惹かれてしまった。

かくして、日曜の午前は奥さんとMとは空手、山猫はまだオムツの取れないKの子守り(をしながら家でダラダラ)、という役割分担になった。

何年かしてKも通うようになり、家族で最後に残った山猫もその後を追うようにして入門することにした。今から7年ほど前のことだ。

 

教室には幼稚園児から小学校、中高生、社会人まで二十人ほどが通っており、歳はさまざまだが同じ教室の門下生という意味では対等だった。

いろんな世代の子供たちが入り交ざって身体を動かす様子を見るのはとても新鮮だった。

子供たちと一緒にいると自分にもまだまだ成長できる可能性が残っている気がした。

歳が違えば身体の大きさも違う、男の子も女の子もいる。小学生の世代は女の子の方が体格がよくて蹴りも強い。

蹴りの強さは体格よりも身体のしなやかさに比例していた。身体が柔らかい子は爪先まで一直線に足を伸ばし、鋭い蹴りを繰り出すことができた。

一方で、練習態度があまりにだらしなくて、叱った子もいた。叱られてもニヤニヤ。この先どんな奴になるんだろう、とその小学生の男の子のことを心配した。

でも、その男の子は中学生になってからも、部活動をしながら空手の練習を続け、高校生になってもやめなかった。顔つきが引き締まり、好感の持てる青年に育っていった。

その子がこの4月から社会人になる。社会人になる前の最後の一日である今日、練習に来ていた、とKから教えてもらった。明日が入社式だそうだ。

子供の成長を見るのは楽しい。

 

山猫家では奥さんの上達がとびきり早く、黒帯を取ったのも一番だった。

昇級審査の日は審査に続いて型の完成度を競う大会があり、奥さんは毎回上位の成績を挙げていた。

それに比べて山猫家の男たち(もちろん山猫自身も含めて)の成績はあまり芳しくなかった。身体が硬いのである。

師範からは、身体の硬さは山猫家のDNAやな、と皮肉っぽく言われたものだ。

良いところは母親譲りで、良くないところは父親譲り、、、ま、いいけど。

その後、身体が硬い硬いと言われながらも、長男Mに続き、わたし山猫もなんとか初段まで合格できた。入門から4年半かかった。

いろいろ事情があって、家族のうち2人はやめてしまい、今はKだけが通っている。Kはこの春、中学3年になった。

山猫は一昨年の秋に椎間板ヘルニアを患い、それ以来休んでいる。

 

峠を越え、下り坂にさしかかった自分を思う。

家族4人で通った頃が無性に懐かしい。

 

 

 

 

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