森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

山猫ノート11

「野音」28ページ。日付が書かれている。1983年11月25日。

 

・私は人を羞しめ傷つけることは好きではない。人を羞しめ傷つけるに堪えうるだけの自分の拠りどころを持たないのだ。吐くツバは必ず自分へ戻ってくる。私は根底的に弱気で謙虚であった。それは自信のないためであり、他への妥協で、私はそれを卑しんだが、脱けだすことができなかった。

・愛情は常に死ぬためではなく生きるために努力されねばならないこと、死を純粋と見るのは間違いで、生きぬくことの複雑さ不純さ自体が純粋ですらあること。

・ほんとうに醜い人間などいる筈のないもので、美というものは常に停止して在るのじゃなくて、どんなものでも、ある瞬間に美しかったり、醜かったりするものだ。

坂口安吾

 

「野音」を書き始めてから半年以上が過ぎていた。

山猫はこの間、3か月だけ家庭教師以外の仕事をした。
7月に1か月間中学校で、9月10月の2か月間は高校で働いた。

山猫は教員志望で、その前年の教員採用試験を受け、合格していた。
が、おそらく成績で決まったであろう採用順が最下位だったようだ。
合格はしたが採用通知は来ない、という宙ぶらりんな立ち位置のまま、大学を卒業しないわけにはいかず、いつ届くかわからぬ採用通知を待ちながらフリーター生活を送ってきていた。
が、結局採用通知は届かなかった。
教育委員会に訊くと、合格者のうちで、それはたった一人だけだったらしい。

よりによって。

このページを書いた11月にはすでに、この年度の採用試験をもう一度受けていた。
今度も合格だったが、山猫はそれを喜んでいいのか、よくないのか、分からずにいた。

旅行にいけよ、とあの頃の山猫に伝えたい。
昨日も今日も明日も何ひとつ変わらない毎日をどうしてあんなにクソ真面目に繰り返していたんだろう。

 

・人はよく、やりたいことをやるには一生は短かすぎると不満を言う。ところが、その制限がなかったら何もしやしない。時間が限られているということは、何よりも強い動機になるのだよ。わたしもこれまで何度かこの問題を考えてみたことがあるがね、不老不死が実現したら、結局は退屈だけが残るだろうと思っていたよ。

・グレッグ・コールドウェルはむずかしい決断を速やかに下す彼一流のやり方を持っていますね。問題自体の難易はひとまず措いて、他にこれに代わる手段があるかどうかを考えるのです。代案がないとなれば、それで決まりです。

「野音」30ページ目。この2つの言葉は『星を継ぐもの』より。作者はジェイムズ・P・ホーガン。

近未来、月面に開いた洞窟の中から宇宙服を着た人間の死体が発見される。
該当する人物は月面基地にはいない。
しかも、調査の結果その男の死は今から5万年以上前だと分かる。
その死体は人類が生まれる前からそこにあったことになる。
一体、彼は何者なのだ?

という、人類の生い立ちを探るハードSFの傑作だ。

科学書を読むような難しさの反面、その科学を用いて謎を解いていく爽快感が味わえた。

 

少し前に星野之宣が漫画化しているので、山猫はそっちで読み返した。

不老不死ではない山猫の人生の残り時間はあとわずかとなった。
その少なさを取り立てて気に病むことはないが、その残り時間をどうやって過ごそうか。
これまでの毎日とは少し違う時間にしてみたいな。
やり残して一番悔いることは何だろう。

 

もちろんそれは分かっている。

 

とすれば、他に代案はない。
自分自身の図書館を作るために、今は書くしかないかな?

 

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星を継ぐもの (創元SF文庫)

 

 

 

 

 

 

 

  
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