森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

アメリカに勝った日。男子400mリレー決勝。

 

 

8月20日朝、テレビを食い入るように観た。

リオデジャネイロオリンピック男子400mリレー決勝、3コースアメリカ、4コースジャマイカ、そして5コースが日本。第一走者は山縣亮太選手だった。

第二走者飯塚翔太選手、第三走者桐生祥秀選手、そしてアンカーのケンブリッジ飛鳥選手がそれぞれのスタート位置で準備をしている。ケンブリッジの隣にはジャマイカのウサイン・ボルト選手の姿が見える。

個人の走力で劣る日本チームはこの日のために繰り返し繰り返しバトン練習を重ねてきた。

世界では、オーバーハンドパスが主流だが、日本はスピードを落とさずにバトンをつなげるアンダーハンドパスを採用している。確かにスピードを落とさない点では長所だが、その反面バトンを落とすリスクが大きくなるという短所がある。だが、3月から練習を続けてきた4人のチームワークは完璧のはずだった。

しかし、オリンピックには魔物が住んでいるという。たった一度のミスがこの決勝で出ないという保証はない。そもそもスピードで及ばなければ勝負にならない。あれこれと、いらない思いばかりが頭に渦巻く。スタートが合図されるまでの数秒をとても長く感じた。

スタート。

第一走者山縣の飛び出しは上々だった。ところが、第2コーナーのあたりでフィールド競技用のケージが走者の姿を遮る。ケージから山縣が見えたところで最初のバトンパス。うまくつながらず二人は少し蛇行したように見えた。

が、バトンをもらった第二走者飯塚はぐんぐんとスピードを上げる。隣のジャマイカ、アメリカの選手も一線になってスピードを上げていく。

そして、第三走者桐生。バトンをスムーズに受け取った後、爆発的なスピードで第3コーナーを走り抜ける。第四走者ケンブリッジにバトンが渡った時は、トップだったかもしれない。ケンブリッジの背中に向かって桐生が「行け、行け!」と叫んでいる。

ケンブリッジがボルトと並走する。予想した以上の展開だった。が、見る間にその差が開いていく。ボルト速い。ケンブリッジはボルトの背中を追うが届かない。ケンブリッジの後ろにアメリカの選手が迫っている。差が縮まるのがはっきりと分かる。ゴールはすぐ目の前にある。アメリカの選手も走る、走る。ケンブリッジがひときわ力を入れて上体を前傾させ、ゴールを駆け抜けた。

2位だ。2位。2位。銀メダルだ。

100m9秒台の選手が一人もいない日本チームがジャマイカについで2位。アメリカ、カナダを凌いで見事に銀メダルを獲得した。アメリカに勝った、夢のような瞬間だった。

日本チーム4人が日の丸を背にまとう。喜びが爆発する。

記録は37秒60のアジア新記録。ジャマイカとの差は0秒33。2位にはなったが、その記録は過去のオリンピック優勝タイムと遜色はなかった。

1984年のロサンゼルスオリンピックでは、カール・ルイスがいたアメリカチームが37秒83で走り、当時の世界新記録で優勝している。日本はその記録を0秒23も上回った。紛れもなく日本チームがカール・ルイスに勝っている。

桐生選手の言葉が日本チームの素晴らしさを言い表している。

「思いきりスタートしても飯塚さんが渡してくれると信じていた」

4人は自分と仲間を信じて、ただ前を見つめて走ったのだ。その先に銀メダルがあった。

なお、日本チームのメンバーの自己ベストは次の通り。

山縣亮太(自己ベスト10秒05)、飯塚翔太(10秒22) 、桐生祥秀(10秒01)、ケンブリッジ飛鳥(10秒10)。4人を合わせた答えが、37秒60。

この方程式は、彼らのほか、世界の誰にも解けはしない。

 

 

 

 

 

 

 

  
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