「日本のために頑張るというのは、すごく心地いいというか、楽しかった」
オリンピック3度目の挑戦でついにメダルを獲得した錦織圭選手は笑顔でこう語った。
リオデジャネイロオリンピック、テニス男子シングルス3位決定戦で錦織はスペインのラファエル・ナダル選手を6ー2、6ー7、6ー3で破り、銅メダルを獲得した。これは1920年アントワープオリンピックで熊谷一弥選手が銀メダルに輝いて以来の96年ぶりの快挙だった。
錦織は試合の後、
「すごく苦しい場面が何度もあって、最後、気力を振り絞った」
「タフな試合を勝てたというのが、いい経験値になった」
と述べた。そして、
「楽しかった。難しい場面、苦しい場面もあったが」
と、今回のオリンピックを振り返った後、冒頭の言葉を口にしたのだ。
銅メダル獲得までの試合を振り返り、最も難しく苦しかった場面とは、準々決勝、フランスのガエル・モンフィス選手との試合ではなかったか。
セットカウント1対1で迎えた最終セットはゲームカウント6対6のタイブレークにまでもつれ込んだ。
ここから先は、2ポイント差をつけて7ポイントを先取するか、6ポイント同士になってから2ポイント連続で先取するか、で勝利できる。勝てるのは最後まで集中を切らさず走り続けられた選手の方だ。
モンフィスにサービスエースを決められて3対6。錦織は先にマッチポイントを奪われた。もう後はない。
が、ここから錦織の怒涛の反撃が始まる。錦織が連続ポイントを決めて5対6とした後、集中を切らしたモンフィスがダブルフォルトで6対6。ついに錦織が追いついた。
ひょっとして今回のオリンピックで錦織が一番集中していたのがこの次かもしれない。
長いラリーが続く。モンフィスは右へ左へ走らされている。そして、錦織がドロップショット。
モンフィスが前に誘われ何とか返したが、そのボールを錦織はモンフィスの左へ鋭く打ち込む。
モンフィスが精一杯ラケットを伸ばす。が、ボールはそのラケットを勢いよく弾き飛ばした。
7対6。錦織が逆にマッチポイントを奪い返した瞬間だった。
モンフィスはもう気持ちを途切らせてしまっていた。最後はあっけなく、モンフィスが返したボールがコートの外に飛び、錦織が勝利した。
直後、錦織の左手はガッツポーズを作ろうとした。が、その拳を開き、開いた両手で顔を覆った。続いて右の拳で小さくガッツポーズ。また両手で顔を覆い、下ろした両手の拳を握りしめて胸の前で何度も小さなガッツポーズを繰り返した。錦織の目に涙が滲んでいた。
そして、錦織は渾身の雄叫びを上げた。
感情の爆発だった。
オリンピックはプロテニスのポイントには全く結びつかない。上位の選手がオリンピック出場に難色を示す中で錦織は一人の日本人として、日本代表選手として、出場の道を選んだ。国の威信をかけて競技することに意義を感じたのだ。
そして、日本のために頑張り、勝利した。
それは、きっとこれからの錦織にとって紛れもなく大きな力となるはずだ。