森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

限界線

8月8日に退院報告の記事をアップして、「明日以降ぼちぼちと皆さんのブログを訪問させていただきます。これからもどうぞよろしくお付き合いくださいますように。」なんてことを書いたのに、全然ダメでした。
立ったり座ったりすると手術部位のあたりにじわじわと痛みが出てきて、どうしようもありませんでした。
手術が大変だったというより、年齢のせいもあるんだと思います。
食事するとき以外はほとんど布団に横になって生活していました。
お盆明けからしばらく仕事も休みました。
座り続けることが辛くなくなってきたのが、ようやく数日前くらいからです。
今日で退院から3週間が過ぎてしまっていました。
どうぞ、不義理をお許しください。

 

 

 

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勉強って分からへん。
長男Mが言った。
小学校のときから、それから中学校でも高校でも、頑張って先生の話を聞いたり、教科書を読んだりしてきた。でも、全然分からへんわって思ってきた。自分は勉強できへんって思ってきた。
けど、よく考えてみれば、それは自分でそう思って
ただけで、その限界は自分が作ったものだったってことに気付いた。
大学生になって気付いたよ、やっと。
そうか。
六十過ぎて、まだ気付いてなかったよ。

 

役立たずで生きる。
計算が速い、力が強い、声が大きい、英語が話せる、辛抱強い、笑顔が良い、押しが強い、話がうまい、などなど、、、
なまじ取柄があると、人や世の中の役に立とうと思って、役に立てると思ってしまって、ついつい頑張ってしまう。
そして、ときにうまくいかないことがあって、結局自分を苦しめてしまうことになる。
だったら、初めから役立たずでいい。
安らかに生きようとするなら、無理をしないでいい。
それでいいのなら。

 

次男Kがまだ小学校低学年だった頃のこと。ちなみに、今は大学生。
Kはリビングの床に寝そべって遊んでいた。遊ぶ場所はだいたい決まっている。TV台の右横が定位置だ。
どうしてそこがお気に入りなのか訊いてみた。
そこが床暖房の境目らしい。それが良いらしい。
そこに寝そべると半分温かくて半分冷たいのだそうだ。その日の気温に応じて右に転んだり左に転んだりするんだそうだ。
リビング中転がって、Kはそれを見つけたみたいだ。
そういえば、猫は温かいところをよく知ってるって。

 

数年前の冬のニュース。
北海道の豚舎が屋根に積もった雪の重みで圧し潰されてしまった。
生まれて間もない赤ちゃん豚まで含めて1,400頭の豚が圧死した、とのことだった。
雪で圧死。
ああ、赤ちゃん豚まで、、、冷たくて痛くて可哀そうに。
とニュースを聞いて思ったが――
1,400頭の豚たちは、いずれ殺されて食べられてしまう運命にあったのだ。

 

いつかやらないといけないことなのに、後回しにしている。忘れたわけじゃないから、ずっと心の隅にひっかかって気になっている。
ひっかかりを思い出しては、後ろめたい気分になる。
だったら、さっさと取り掛かって済ませてしまえばいいのに、まだ大丈夫、と意味のない自信を持ってて、やっぱり後回しにしている。
ずっとそうやって生きてきた。
だからたぶん、この先もそうやって生きていく。
我ながら、アホやなって思う。
でも、そうやって生きていく。

 

いつも道草食って、遠回りして、中途半端なままで、そのうちタイミングを逃してしまっている。
真っすぐに向き合えないというのは、それが好きじゃないからか、自信がないからか。
もうそろそろ残り時間はないんだけど。

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山猫🐾@森の奥へ

似顔絵はバリピル宇宙さん (id:uchu5213)に描いていただきました。