森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

幸せの定員 (創作小説)  ***-0.5*** 貧乏な人とは、少ししか持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ

 
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幸せの定員(創作小説)

 

   

***-0.5***

 

検査入院をする母に付き添ったときのことです。
検査入院ですから、どこか体調が悪いわけではなくて、検査後を安静に保つための入院です。
その夜一晩を病室で過ごせば翌朝には退院できます。
病室は4人部屋、母のベッドは部屋に入って右の奥。窓側のベッドでした。
南向きの5階の病室に差し込む陽射しは暑いくらい。
窓からは病院に隣接する高校のグランドが見渡せ、遠くに目をやると、立ち並ぶビルの谷間に海が見えました。
野球のユニフォームを着た男子生徒たちがグランドに現れ、キャッチボールを始めました。
部屋に目を戻し、隣のベッドとの間を仕切るカーテンを閉めると、その夜母が過ごす、およそ2畳ほどのスペースができあがりました。
そのうち、ベッドが1畳分の広さを占めていて、残り1畳のスペースにテレビ台を兼ねた収納棚が1台とパイプ椅子が1脚、食事用の可動式ベッドサイドテーブルが1卓置かれています。
テーブルは病院から渡された書類を読み書きするのにも十分使えました。
収納棚に着替えとタオル、洗面具を入れました。
テレビの横にお箸とコップを置きました。
それが今回持ってきた荷物全部です。
食事は運ばれてくるし、トイレと洗面台は部屋にあるものを共同で使えます。
希望すれば入浴もできるでしょう。
一晩でなくて、入院がたとえ数か月に及んだとしても、生きていくため、暮らしていくために必要なものは最低限そろっていました。
最低限そろっている、、、というより、これだけあれば、人は不自由なく生きていける、とも思いました。

検査は午後からでした。
終わるのを病室で待つうちに、野球部の練習が終わったらしく、グランド整備が始まりました。
本を読みながら、母が戻ってくるまでの一、二時間を過ごしました。

そのとき読んだ本が『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』(佐藤美由紀・双葉社)でした。

 

ムヒカはウルグアイの政治家です。
1935年生まれ。今年85歳です

若いころ、極左武装組織の一員としてゲリラ活動を行っていて逮捕され、約13年間獄中生活を送りました。
そして、1985年に釈放されたあと、政治家としての活動をはじめ、2010年に第40代ウルグアイ大統領に就任しました。
こうした経歴から「ラテンアメリカ人にとって、アフリカのマンデラのような存在」とも評される人物です。
大統領らしからぬ質素な暮らしぶりから「世界で最も貧しい大統領」と呼ばれ、2015年に5年の任期を全うして大統領を退任しました。

ムヒカを一躍有名にしたのが2012年にブラジル・リオデジャネイロで開催された国連の「持続可能な開発会議」(リオ会議)での演説でした。
南米の小国の大統領ムヒカは、世界の先進諸国の首脳たちに向かってこう質問したのです。

 

ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てば、この惑星はどうなるのでしょうか。息をするための酸素がどれくらい残るのでしょうか………西洋の富裕社会が持つ傲慢な消費を、世界の70億~80億の人ができると思いますか。そんな原料がこの地球にあるのでしょうか。 

 

そしてさらに、ムヒカは現代の消費社会に潜む問題点を鋭く指摘します。

 

私たちが、間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作ってきたのです………現代に至っては………逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。

 

そして、ムヒカは言います。

「貧乏な人とは、少ししか持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」と。

そのことをムヒカは自らの同志たちを例に挙げて説明します。

 

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために闘いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。
なぜか?
バイク、車などのローンを支払わなければならないからです。
毎月2倍働き、ローンを払っていったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

(リオ会議より、…は途中省略した部分です)  

 

これが消費社会に取り込まれてしまったわたしたちの人生です。
「貧乏な人」とはモノを持たない人ではなくて、足ることを知らない人のことです。
どれだけ手に入れても心が満たされず、自分がすでに持っているモノの価値に気づけず、無限の欲望に捕らわれてしまった人のことを言うのです。
モノを作るために働き、作られたモノを運び売るために働く。
そして、働いて得た金銭で、また新しいモノを買う。
これが無限に続くのです。
いえ、
ただ同じループを繰り返すだけではなくて、より魅力的なモノを買うために、今までよりさらに多く働くのです。

「私たちは、まるで消費するためだけに生まれてきたかのようです。それができないとき、不満を持ち、貧しく、そして、自己疎外感を抱きます」とムヒカは言います。


一番心に刺さったのは次の言葉でした。

 

人がものを買う時は、お金で買ってはいない。そのお金を貯めるために割いた人生の時間で買っているのです。

 『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』(佐藤美由紀・双葉社)

 

人生の時間と引き換えに手に入れたモノ。
それらを一体どれほど大切にしてきただろう。
一度しか袖を通さなかったセーター、数ページしか読まなかった本、食べきれず残してしまった料理、、、
モノを無駄にするということは、人生の時間を無駄にするということ。
考えるほどに心に痛みが走ります。

「私は、持っているもので贅沢に暮らすことができます」とムヒカは言います。

世界で最も貧しい大統領と呼ばれる理由がこの言葉に表れています。
貧しいのではなくて、多くを持とうとしないだけなのでしょう。

持っているモノだけで工夫して贅沢に暮らすこと、それこそが幸せな生き方なのかもしれない、そう思います。

 

母が検査から戻ってきました。
車いすに乗り、看護師さんがそれを押しています。
母の顔色は真っ青。
すぐにベッドに横になり、血圧とSPO2、体温を測ります。
血圧がやや
低い。それ以外は正常値でした。
貧血を起こしたようです。
しばらく横になって休むうちに顔色が戻ってきました。
もう大丈夫そうです。

 

母は数年前に平均寿命を超えました。
父はすでに亡く、息子であるわたしも弟も家を出て家族を持ちました。
今は一人で暮らす母が、自分の人生の時間と引き換えに得たものは何なのか。
母の人生の
これまでとこれからとに想いを馳せます。

 

 

(続く)
  

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似顔絵はバリピル宇宙さん (id:uchu5213)に描いていただきました。