森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

命のおにぎりとドリーム弁当。

 
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夢は不思議です。

なぜこんな人が? という人が登場したりします。

何年も会っていない、とりわけ親しくもなかった人が重要人物として出てきたりします。

なのに、自分自身がその場にいるのかどうかよく分かりません。

わたしはただ客観的な存在としてその夢を眺めているだけなのか、わたしではない別の人に姿を変えて出てきているのか、それも曖昧です。

夢は辻褄が合わないものです。

辻褄を合わせようとすると混乱します。

不思議の中に素直に身を委ねれば良いのかも、と思います。

でも、そもそもわたしは見た夢を覚えていることはほとんどないのですが。

 

壮大な夢見たー。

と言って奥さんが寝室から出てきました。

彼女が話してくれる夢はいつもSFアクション映画のように、場面設定から配役からスピーディーなストーリー展開から、すべてがよくできています。

へえ、すごい、そんな夢見てみたい。

と、心が躍ります。

でも、夢の中味ってすぐに忘れてしまいます。

先日訊いた彼女の夢の話で覚えているのは、「命のおにぎり」と「ドリベン」という単語だけです。

「ドリベン」とは「ドリーム弁当」のことです。

あまりに興味をそそる単語なので、この二つをたどってわたしは夢の世界に入っていきます。

 

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夢を見ました。

 

誰かがわたしに「命のおにぎり」をくれます。

ご飯を三角に握って海苔を巻いただけの普通のおにぎりです。

おにぎりをくれた誰かの顔に見覚えはありません。

目鼻が付いていなかった気がします。

その誰かは、説明もせずに、命のおにぎりだよ、とだけ言ってわたしにそれを差し出したのです。

わたしはそれを大事にラップで包んでポケットに入れ、旅に出ます。

思い出しました。

おにぎりをくれた人はわたしの父でした。

もう30年も前に父は死んだので、わたしは父の顔を忘れていたのでした。

だとすれば、父がくれた命のおにぎりは父の命なのかもしれない、とわたしは思いました。

わたしは父が死んだときの年齢をすでに越えました。

父は自分より長生きしているわたしに気づいて、あわててあちらの世界から一時退院の許可を取ってわたしにおにぎりを届けてくれたのかもしれない、と思いました。

これってボクが食べもいいの?

父の前ならわたしはボクになります。

父に訊いてみたくなりました。

ボクの旅は父を探す旅だったのです。

庭のウッドデッキの下が怪しい。

板を剥がして持ち上げてみると、ネコが一匹うずくまっていました。

大学生のころに住んでいたアパートの大家さんが飼っていたネコに違いありません。

お父さん、こんなところにいたんだ。

ボクはネコの首根っこをつかんで風呂場に連れて行きます。

アパートには風呂がなかったので、隣の家にお邪魔することにしました。

隣の家にはお風呂が三つもあって、そのうちの一つはネコ専用なのです。

ネコは水が嫌いなのでシャワーで身体を洗うことにしました。

よく考えられたお風呂です。

びしょ濡れになったネコは、せめてコタツの中で身体を乾かしたい、と言います。

ボクが子供のころに使っていたコタツはちょっと大きめのサイズだったので、小学校に電話をかけて体育館を使わせてもらうことにしました。

そこにならコタツが入るはずです。

それならいっそのこと体育館の照明の温度を高にするから、コタツはいらないよ、と、担任の先生は笑いながら言います。

あ、それから今日は給食があるからお弁当いらないよ、と、付け足しました。

えー、残念。

せっかく今日は早起きしてドリーム弁当を作ってもらったのに…。

と、思いましたが、ひとりだけドリベン持参だと目立ちます。

仕方がないのでボクはポケットから命のおにぎりを取り出しました。

お父さん、このおにぎりは明日食べてもいい?

ボクは父に訊きます。

このおにぎりはお前が定年退職する日の朝に食べればいい。

そのために握ってきたんだから。

と、父は言います。

父は定年で退職する前に癌で死にました。

自分が食べられなかった命のおにぎりをボクに託したんだなと思いました。

じゃあ、おにぎりもらうから、代わりにドリベン持って帰ってよ。

ボクは、父が握った命のおにぎりと今朝誰かが作ってくれたドリベンとを交換することにしました。

ありがとう、これで良い夢が見られそうだ。

コタツ布団から顔を出したネコはうれしそうにそう言いました。

 

 

 

 

今日の記事は shellさん (id:shellbody)  の記事に書かせていただいたブックマークコメントを元にしました。

いつも、ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

  
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山猫@森の奥へ
似顔絵はバリピル宇宙さん (id:uchu5213)に描いていただきました。