森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

生命を大切にするということ

 
f:id:keystoneforest:20170801214436p:plain

 


あなたが通った学校の教室を思い浮かべています。

あなたは3年生、その学校の最上級生です。

 

正面に黒板があり、その上にクラス目標を大きく書き出した掲示物があり、右には時間割表、左側には体育大会や合唱コンクールで入賞したときの賞状が飾られています。

そして、黒板の右端には今日の日付が誰かの字で書かれており、その下に日めくりにしたカードが掲示してあります。

朝一番に登校してきた誰かがそのカードを1枚めくります。

カード1枚1枚に数字が逆順に書かれています。

毎日カウントダウンを続けるその数字は、あと何日学校に通うかという日数を表しています。

その数字がいよいよ一桁になってくる時期が近づいてきました。

 

f:id:keystoneforest:20180225212703j:plain

 

最終期限が目前に迫らないと見えてこないものが私たちの日常にはいくらでもあります。

一週間後、三日後、明日まで……、と、残された時間を限られて初めてスイッチが入る、という経験はきっと誰にもあることでしょう。

宿題や仕事の提出期限しかり、大会や公式戦までの練習時間しかり、待ち合わせの時刻などにもあてはまりそうです。

気づいたときには、もう手遅れだった。

慌てて取り繕おうとしたけれど間に合わなかった。

そして、大きなものを失ってしまった……

そんな経験を持っている人も少なからずいるはずです。

 

あなたは何かのスイッチが入りましたか?

 

 

失えば最後、絶対に戻ってこないものが時間です。

そしてもう一つ、絶対に戻ってこないものがあります。

それは生命(いのち)です。

この二つだけは、どんな人間にも、どんな生物にも、平等に一回きりのものとしてしか与えられていません。

けれど、そのかけがえのなさに、たいていの場合、失って初めて気づきます。

それに気づいたときは、もう取り返すことはできません。

だからこそ、失う前に気づいて欲しいのです。

その大きさ重さに。

 

これはもちろん自戒をこめて。

 

私たちは限られた時間を生きています。

 

さて、卒業です。

 

あと数日で、あなたの学校生活に終止符が打たれます。

期限がすぐそこに迫ってきて、何が見えますか。

今、何が見えていますか。

この三年間、同級生たちとともに過ごした時間は、これから先、百年、いえ、たとえ一千年生きたとしても二度と繰り返されません。

たった一度きりの三年間です。

それがもうすぐ区切りをつけます。

卒業式の式歌を歌い終われば、同級生みんなが声を合わせて歌うことはもう二度とありません。

在校生たちが作ってくれた花道をくぐって校門を出たら、もう二度と顔を合わせることのない同級生もきっといるはずです。

卒業生として、母校を訪ねることはあっても、同級生みんながその学校に集うことはもう二度とありません。


楽しいことや辛かったこと、うれしかったことや嫌だったこと、たくさんの思いを味わった三年間の記憶を抱いて、あなたたちはそれぞれが選んだ進路へと進んでいきます。

それは「別れ」とも言います。

まだしばらく一緒の道を歩いていく人もいますが、いずれ、あなたたちの選ぶ道は少しずつ違ってくるはずです。

 

本当にあなたに見て欲しいものは、いえ、あなたが見なければいけないものは、卒業式のさらにその先に続く時間です。

新しい進路につくことがあなたにとっての最終目的ではありません。

その先にある人生の大きな目標に向かって突き進んでいく自分。

見えない道を切り開いていくあなた自身の姿をこそ、しっかりと見据えて欲しいのです。

一日一日を、そして一瞬一瞬を大切に生きていく。

平等に与えられた時間を大切に丁寧に一生懸命に生きていく。

 

そうすることで、実りある人生が得られるのではないか、それが生命を大切にするということに繋がるんじゃないのかな、と、卒業を前にしたあなたを見ていて思います。

 

f:id:keystoneforest:20180225215954j:plain

 

今年はわが家の子供たちはダブルで卒業です。

長男Mは高等学校を、次男Kは中学校を卒業します。

 

長男Mの卒業式はすでに終わりました。

 

卒業生代表の女生徒が答辞の中で、高校生活三年間の思い出を淡々と振り返っていました。

そして最後に、お世話になった先生方に、「ありがとうございました」と朗々と言った後で、不意に声が途切れました。

1分くらい沈黙が続いたでしょうか。

どうかしたの? と心配する雰囲気になり始めたとき、その女生徒はようやく言葉を口にしました。

 

おかあさん……

 

その声は小さくて、そして震えていました。

 

毎朝お弁当を作ってくれてありがとう。

毎朝笑顔でわたしを送り出してくれてありがとう……

 

 

ああ、もう、あかん。

涙が止まらなくなりました。

 

 

 

 

 

 

  
よければtwitterものぞいてみてください。山猫 (@keystoneforest) | Twitter