森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

魔法の鏡。 (創作短編小説)

 
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魔法の鏡。

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古道具屋で俺は一枚の鏡を買った。

店の隅に隠すように置いてある、タータンチェック柄の布が掛けられた妙なものに俺は気がついた。
布をめくってみると古ぼけた鏡が現れた。

「気をつけなよ」と背後から声がした。
鏡には、不釣合いなほど高い値札がついている。

声をかけてきたのはその店の主人だった。
理由を訊くと、
「魔法の鏡だからだよ」と返事が返ってきた。
そのくせ使い方は自分で調べろ、とそっけない。

少しの商売っ気もないその様子を見て、俺は主人の言葉を信じる気になった。

 

だが、どうしても使い方が分からない。

 

友人のAにその話をすると、「どうせ騙されたんだろうよ」と興味なさそうに言いながらも、ひょこひょこと俺の家までついてきた。

鏡は机の横に立てかけていた。
机に載せればちょうど俺の上半身を映し出せるほどの大きさがあった。

「見せてみろよ」
Aは鏡に手をかけると、裏返してみたり持ち上げてみたり、コブシでこつこつ叩いてみたりとあれこれ試している。

そんなことは俺も全部やってみたさ。
でも、何も起こりはしなかった。

「ちょっと、おい、やめろよ」
Aがあまりにぞんざいに扱うので、やめさせようとして俺は鏡に手をかけた。

その時だった。

ピッという甲高い音がしてひびが入り、鏡はちょうど半分に割れてしまった。
慌てて鏡を手に取ると、割れた半分の鏡に俺の驚いた顔が映って見えた。
Aはもう半分の鏡を覗き込んでいる。
割れたそれぞれの鏡がほんのりと光を帯びている。

鏡は自分から割れた、ような気がした。

俺もAも鏡が割れるほどの衝撃を与えたはずはない。
鏡は確かに自分から割れた。
まるで、二人の人間の姿を同時に映すのを拒んだかのように

もしかすると、これが古道具屋の主人が言っていた魔法なのかもしれない。

この鏡に、二人の姿を映すと二つに割れて、三人の姿を映すと三つに割れる。
きっと百人を映すと百に割れるはずだ。

確かめてみるか。

Aと二人で、さっき割れた半分の鏡を一緒に覗き込んでみる。

ピッという音がまた響いた。
案の定、鏡はさらに二つに割れた。

じゃあ、今度は割れた鏡の断片二つを元通りに合わせて、俺を映してみればどうなる?

俺は鏡をおそるおそる覗き込んだ。

ピッという音が聞こえた。

 

俺の横に俺が立っていた。

隣の俺もこの俺も、同じように鏡の断片を持って立っていた。
どうやら今度は俺の方が二つに、いや、二人に分かれたらしい。

二人の俺がそれぞれの手に、割れた鏡の断片を持っていて、おそらくそれぞれの鏡には、それぞれの俺が映し出されている。

Aは度肝を抜かれて俺たち二人をただただ見比べるばかりだ。

なるほど。

俺はようやくこの魔法の鏡の使い方が分かった気がした。
割れた鏡をつなぎ合わせて、そこに増やしたい物を映せばいいのだ。
魔法の鏡と言うくらいだから、増やせるものはきっと人間だけじゃないはずだ。
あれだって、これだってどんどん増やしていけるはずだ。

試しに俺は胸ポケットからタバコを一本取り出して、つなぎ合わせた鏡に映してみた。

思った通りだ。
タバコは二本になった。

 

大笑いしたいのを俺は何とかこらえた。

あれやこれやを増やしていく前にひとつ、しなければならないことがある。

俺以外にこの魔法の鏡の秘密を知っている奴がいると後々面倒だ。

俺たちは二人、Aは一人。

やるなら今だな。

 

 

 

 

 

 

 

  
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