閻魔様と百万回死んだ男。
一人の男が死んだ。
その魂は亡骸から抜け出て閻魔様のところへ飛んでいった。
閻魔様は男の魂をしげしげ眺めると意外なことを言った。
「お前は特別に選ばれた魂だ。これから何度死んでも、別の生き物になって蘇らせてやろう」
「さて、次は何に生まれ変わりたい」
閻魔様から問われた男が答える。
「次は女に」
「女は別の生き物か? まあ、それもよかろう」
閻魔様が指を鳴らすと男の魂は霧のようにぼやけて消えていった。
一人の女が死んだ。
その魂は亡骸から抜け出て閻魔様のところへ飛んでいった。
「次は何に生まれ変わりたい」
閻魔様から問われた女が答える。
「次は猫に」
一匹の猫が死んだ。
その魂は亡骸から抜け出て閻魔様のところへ飛んでいった。
「次は何に生まれ変わりたい」
閻魔様から問われた猫が答える。
「次は虎に」
一匹の虎が死んだ、、、
男の魂はこの世界に存在するすべての生き物に生まれ変わって、その一生を生きてきた。
最後に生まれ変わったのは、はるか昔に絶滅したと思われていたのに、ただ一頭だけ残ってしまった恐竜だった。
もう他には生まれ変わっていない生き物はいなかった。
一頭の恐竜が死んだ。
それが最後の恐竜だった。
その死は最初に男が死んでからちょうど百万回目だった。
魂は亡骸から抜け出て閻魔様のところへ飛んでいった。
「次は何に生まれ変わりたい」
閻魔様から問われた恐竜は少し考えてから、静かに答えた。
「次は、閻魔様、あなたに」
それを聞くや閻魔様はにっこりと笑った。
「その言葉を待っていたのだ。ようやくこの退屈きわまりない仕事から抜け出せる」
礼儀正しい社会の作り方。
道行く人々はそれぞれお互いに、向こう側からやってくる人たち、すれ違う人たちみんなに、丁寧に会釈を交わして挨拶をしている。
こんにちは。
まあ、お元気?
どうもどうも。
今日は良いお天気ですね。
ご機嫌よう。
こんにちは。
車を運転している人も徐行して進みながら、対向車のドライバーに手を挙げたり、クラクションを鳴らしたりして挨拶している。
突然、ひとりの子供が母親の手を振り払って元気良く駈け出した。
子供ははしゃぎながらするりするりと人波の中を走り抜けていく。
子供の嬉しそうな笑い声があたりに響き渡った。
その姿を街角に備えてある監視カメラが捉えた。
そして、子供の無礼に報いるためにレーザー光線を発射した。
子供はばたりとその場に倒れる。
ご愁傷様です。
このたびは本当にお辛いことで。
気を確かにお持ちください。
ご愁傷様です。
ご愁傷様です。
あたりを歩いていた人たちは、残された母親の方に向かって深く頭を下げると、一斉にそう挨拶をした。