森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

薬売りの口上。 (創作短編小説)

 
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夜店の屋台が続く一番奥で、道端に広げた敷物の上に大小さまざまな小瓶を並べて、とうとうと口上を述べている者がおります。

大方の者は相手にせず行き過ぎておりますが、時折足を止めてそれに聞き入る酔狂な者もおります。

あなたもちょっと寄っていかれますか?

 

さあさ、お立ち会い。

御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで。
さあさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
ここに、これ、取り出だしましたる、この小瓶。
中に入っているのは他でもない。
ほら、今夜はお星様がきれいだから特別だ。
蓋を取って中をよおくお見せするから、とくとご覧あれ。
ちょっと暗いから近くにおいでなさい。
匂いを気になさるんなら鼻を近づけて嗅いでみてもいいよ。
今夜は出血大サービスだ。

 

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お客さん。
中のこれ、何だと思いなさる。

ドロドロしていて、糊みたいだって。
いやいや、ちょっと違うね。
そんな安っぽいものじゃありませんよ。

軟膏?
ま、近いところだね。
実はこれ、遠く中国は清の国、その奥の奥の山中から伝わったヒヤク。
え?
ヒヤクって、お分かりにならない?
お客さん、薬のことだよ。
秘密の薬と書いて秘薬。
滅多にお目にかかることのない、それはそれは珍しい薬だよ。
ひとくちに薬って言ったって、そんじょそこらの風邪薬やら胃薬やらとは全然違うよ。
実はこの薬、たとえば、お客さん。
あなたみたいな人にもってこいの薬だよ。

お客さん、あなたちょっと髪が薄い、いやちょっとおでこが広すぎるみたいだけど、まあまあ、そう気にしないで。
気にするとよくないよ。
気にし過ぎると、そのストレスがまたまたよくないって言うからね。

でも、これ、残念ながら養毛剤とか育毛剤とかじゃあないんだ。
期待させてごめんね。
薬をつけるのは同じようなところなんだけどね。

えーっとお客さん、あなたこの頃物覚えが悪くなったとか、簡単な計算を間違えちゃうとか、そういうことございませんか。
別に最近じゃなくて昔っからだってかまいませんけどね。
え、え、え、馬鹿にするんじゃないって。
あ、ごめんなさい。
それはどうも失礼いたしました。
ぽかーんと大きな口を開けて話を聞いてられるもので、てっきりそうなのかなと。
あ、そんな怖い顔しないで。
これはこれは重ね重ねごめんなさい。
実はこれ、頭がよくなる薬ってやつなんだ。
このドロリとしたのをね、人差し指でちょいっとすくって頭のてっぺんに塗るだけで、頭が良くなっちゃうっていうシロモノだ。

え?
お客さん、疑ってらっしゃるね。
私もね、この薬を売るためにいろいろ考えましてね。
いやいや、効き目の方はそれは絶対間違いなんですけど、なかなか信じてもらえなくてね。
宣伝文句もいろいろ考えてみたんだけどね。
頭がよくなる薬だから、買ってつけるお客さんはきっとその反対、頭が良くなる必要がある奴だろうってことで、馬鹿につける薬とかね、考えてみたんですよ。
発想の転換ってのは面白いもので、見方を変えただけでえらくイメージが違ってくるでしょう。

え、え、え?
お客さんそんなに鼻息荒くしないでくださいよ。
別にお客さんのことを言ったわけではなくて。
ええ、ええ、ごめんなさいごめんなさい。
いつも、ついつい口を滑らせてしまうもの
で、それでよけいに薬が売れなくなってね、困ってるんですよ。
本当に本当に申し訳ありません。

それでね、お客さん、どうです。
お詫びのしるしにちょっと使ってみてくださいよ。
お代はけっこうですから。
だまされたと思ってだまされてくださいよ。
どうぞどうぞ。

え?
そうですか。
ただならもらうって?
使っていただけますか。
そりゃあ良かった。
それでご機嫌直してくださいよ。
もしよければこれ全部差し上げますから、今夜は出血大サービスだ。

 

え?
なんですって?
その横の小瓶、それはなんだって?

あ、この薬、これはお客さん、あなたには全然関係ない。

だからなんの薬か教えろって?
ですから、これはあなたみたいな人には効きませんから。

そんなこと言われるとよけい気になるって?
じゃあ、お教えしますけど、怒らないでくださいよ、お客さん。
これは、風邪薬、ただの風邪薬ですから。
ね、お客さんには全然関係ないでしょ。

何が関係ないって?
だって、お客さん風邪ひかないでしょ。

どうして分かるかって?
やっぱりそうですか、お客さん風邪ひいたことないですか。
だったら、
風邪薬いらないですよね。

実はこの薬、飲むとお客さんみたいになっちゃう薬なんですけどね。
馬鹿は風邪ひかないっていう理屈なんですけど。
これ、内緒ですよ。

 

ええっと、まあまあ、そんなことはおいといて、その薬使ってくださいよ。
その薬こそ、お客さんのために作られたようなものなんですから。

そうそう、そのドロリをね、指ですくって、ああ、それくらいでいいですよ。
それを頭のてっぺんに塗ってください。

どうです?
お客さん効き目の方は。

え?
なんだか頭がくらくらしてきたって。
そうですか。
もうすぐですよ。
もうすぐ楽になりますよ。
ほら、昔からよく言いましたよね。
馬鹿は死ななきゃ治らないって。

どうです、お客さん効いてきたでしょ。
もうすぐ治りますからね。
もうすぐですよ。
楽になってきたでしょ。

 

さあさ、お立会い。
御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで。
さあさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。

 

 

 

 

 

 

  
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