夜店の屋台が続く一番奥で、道端に広げた敷物の上に大小さまざまな小瓶を並べて、とうとうと口上を述べている者がおります。
大方の者は相手にせず行き過ぎておりますが、時折足を止めてそれに聞き入る酔狂な者もおります。
あなたもちょっと寄っていかれますか?
さあさ、お立ち会い。
御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで。
さあさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
ここに、これ、取り出だしましたる、この小瓶。
中に入っているのは他でもない。
ほら、今夜はお星様がきれいだから特別だ。
蓋を取って中をよおくお見せするから、とくとご覧あれ。
ちょっと暗いから近くにおいでなさい。
匂いを気になさるんなら鼻を近づけて嗅いでみてもいいよ。
今夜は出血大サービスだ。
お客さん。
中のこれ、何だと思いなさる。
ドロドロしていて、糊みたいだって。
いやいや、ちょっと違うね。
そんな安っぽいものじゃありませんよ。
軟膏?
ま、近いところだね。
実はこれ、遠く中国は清の国、その奥の奥の山中から伝わったヒヤク。
え?
ヒヤクって、お分かりにならない?
お客さん、薬のことだよ。
秘密の薬と書いて秘薬。
滅多にお目にかかることのない、それはそれは珍しい薬だよ。
ひとくちに薬って言ったって、そんじょそこらの風邪薬やら胃薬やらとは全然違うよ。
実はこの薬、たとえば、お客さん。
あなたみたいな人にもってこいの薬だよ。
お客さん、あなたちょっと髪が薄い、いやちょっとおでこが広すぎるみたいだけど、まあまあ、そう気にしないで。
気にするとよくないよ。
気にし過ぎると、そのストレスがまたまたよくないって言うからね。
でも、これ、残念ながら養毛剤とか育毛剤とかじゃあないんだ。
期待させてごめんね。
薬をつけるのは同じようなところなんだけどね。
えーっとお客さん、あなたこの頃物覚えが悪くなったとか、簡単な計算を間違えちゃうとか、そういうことございませんか。
別に最近じゃなくて昔っからだってかまいませんけどね。
え、え、え、馬鹿にするんじゃないって。
あ、ごめんなさい。
それはどうも失礼いたしました。
ぽかーんと大きな口を開けて話を聞いてられるもので、てっきりそうなのかなと。
あ、そんな怖い顔しないで。
これはこれは重ね重ねごめんなさい。
実はこれ、頭がよくなる薬ってやつなんだ。
このドロリとしたのをね、人差し指でちょいっとすくって頭のてっぺんに塗るだけで、頭が良くなっちゃうっていうシロモノだ。
え?
お客さん、疑ってらっしゃるね。
私もね、この薬を売るためにいろいろ考えましてね。
いやいや、効き目の方はそれは絶対間違いなんですけど、なかなか信じてもらえなくてね。
宣伝文句もいろいろ考えてみたんだけどね。
頭がよくなる薬だから、買ってつけるお客さんはきっとその反対、頭が良くなる必要がある奴だろうってことで、馬鹿につける薬とかね、考えてみたんですよ。
発想の転換ってのは面白いもので、見方を変えただけでえらくイメージが違ってくるでしょう。
え、え、え?
お客さんそんなに鼻息荒くしないでくださいよ。
別にお客さんのことを言ったわけではなくて。
ええ、ええ、ごめんなさいごめんなさい。
いつも、ついつい口を滑らせてしまうもので、それでよけいに薬が売れなくなってね、困ってるんですよ。
本当に本当に申し訳ありません。
それでね、お客さん、どうです。
お詫びのしるしにちょっと使ってみてくださいよ。
お代はけっこうですから。
だまされたと思ってだまされてくださいよ。
どうぞどうぞ。
え?
そうですか。
ただならもらうって?
使っていただけますか。
そりゃあ良かった。
それでご機嫌直してくださいよ。
もしよければこれ全部差し上げますから、今夜は出血大サービスだ。
え?
なんですって?
その横の小瓶、それはなんだって?
あ、この薬、これはお客さん、あなたには全然関係ない。
だからなんの薬か教えろって?
ですから、これはあなたみたいな人には効きませんから。
そんなこと言われるとよけい気になるって?
じゃあ、お教えしますけど、怒らないでくださいよ、お客さん。
これは、風邪薬、ただの風邪薬ですから。
ね、お客さんには全然関係ないでしょ。
何が関係ないって?
だって、お客さん風邪ひかないでしょ。
どうして分かるかって?
やっぱりそうですか、お客さん風邪ひいたことないですか。
だったら、風邪薬いらないですよね。
実はこの薬、飲むとお客さんみたいになっちゃう薬なんですけどね。
馬鹿は風邪ひかないっていう理屈なんですけど。
これ、内緒ですよ。
ええっと、まあまあ、そんなことはおいといて、その薬使ってくださいよ。
その薬こそ、お客さんのために作られたようなものなんですから。
そうそう、そのドロリをね、指ですくって、ああ、それくらいでいいですよ。
それを頭のてっぺんに塗ってください。
どうです?
お客さん効き目の方は。
え?
なんだか頭がくらくらしてきたって。
そうですか。
もうすぐですよ。
もうすぐ楽になりますよ。
ほら、昔からよく言いましたよね。
馬鹿は死ななきゃ治らないって。
どうです、お客さん効いてきたでしょ。
もうすぐ治りますからね。
もうすぐですよ。
楽になってきたでしょ。
さあさ、お立会い。
御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで。
さあさ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。