下のリンクは前回の記事です。
アラン・ワッツのメッセージを耳にして、私は夢を追わない生き方を選んだ自分を悔いました。
お金ではなく夢を追うもう一つの別の生き方があったのかもしれない、と思い、どうしようもない後悔の念にかられています。 今からなら間に合うだろうか、と思い直してみても、自分の残り時間の短さを否応なく直視させられてしまいます。 困りました、、、
そして、
私も思い出します。
夢を追いかけることを。
と書きました。
ですが、今更ながらに私は、心の底にもっとずっと引きずっている思いを抱いていたことに思い当たりました。
「森の奥へ」の冒頭に、私はこんなことを書いています。
街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。
街に出てきて何十年か経ちました。
無性にふるさとを懐かしく思います。
そこにはすでに私が生まれ育った家はありません。
私の両親は私たち子供と一緒に住むことを選び、街に出てきたからです。
ですから、私には還るべきふるさとはありません。
なのに、
伯父や伯母たちの葬儀や法事でふるさとに戻るたび、そこを懐かしむ思い(望郷の念というのでしょうか)が募ります。
どうしてこの豊かな地を離れたのだろう。
街のどこが良かったのだろう。
若き日の自分に問いかけます。
私がずっと引きずっている思いは、土よりもコンクリートに囲まれる生活を選んでしまった、ということへの後悔なのかもしれません。
いえ、どう言えばいいのか、後悔なのか何なのか、自分ではよく分かりません。
こんやのわたしはどうしようもなくセンチメンタルです。
ふるさとの自宅裏にはずっと向こうの山裾まで田んぼが広がっていました。
田んぼに水を引く小川でカニやナマズを捕りました。
大川ではウナギを捕まえたという猛者もいました。
初夏には蛍が舞い飛びました。
夏の楽しみは毎年7月だけ開かれる「土曜夜店」でした。
ふるさとの商店街には7月の土曜の夜、屋台が並びました。
普段は暗くなってから外で遊ぶと叱られましたが、このときだけは遅くなっても大丈夫でした。
友だち数人と連れだって商店街まで黄昏の道を歩きました。
土曜夜店は眩しいほど明るい中にあって、お祭りの時のように賑わっていました。
綿菓子にリンゴ飴、スーパーボールすくい、ひよこ釣り、射的、たこ焼きの屋台もあったかな。
ピヨピヨ鳴いて騒がしく走り回るひよこの群れの中に、割り箸みたいな棒の先に付けた糸を垂らすと、ひよこたちは競いあってそれをついばみます。
糸をくわえたタイミングを見計らって勢いよく糸を引き上げて釣るのです。
運良く私は一羽釣り上げ、嬉しくてうれしくて、友だちと歓声をあげました。
本当に楽しかったな。
家に持って帰ったひよこに私はせっせと餌をやりました。
やがて体が大きくなると、そいつには真っ赤な鶏冠(とさか)が生えてきました。
そして秋には立派な雄鳥になって、毎朝元気よく朝の訪れを告げるようになりました。
うるさくて困りました。
それに卵も産まないし、ある日どこかにもらわれていきました。
秋には彼岸花の大きな赤い花が川縁に列をなして咲きました。
私たちは学校からの帰り道、拾った棒きれを刀にして、ズバッと水平切りで赤い列を一閃。
大きな赤い花たちを小気味よく切り落としました。
稲刈りのあと、刈り取られた稲はしばらく稲木に掛けて干されます。
稲を刈ったあとの田んぼは運動場に大変身。
稲木を挟んで鬼ごっこやバトミントンをして遊びました。
稲わらの良い匂い。
思えば私は、土曜夜店の明かりに街の賑わいを見たのかもしれません。
街に出てきた私は、夢の中でふるさとに還ります。
そして、笑って目を覚ますのです。
きっと今夜も。