森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

子供の頃、わらほうきでホタル狩りをした。

 

 

今朝の午前7時過ぎのことです。

職場近くの公園をのんびり歩いていると、おじいちゃんに声をかけられました。

天気が良くて気分も良くて、そのまま出勤するのがもったいなくて、公園の中に設けられたビオトープに沿った遊歩道を歩いていたときのことでした。

「メダカが泳いでいますよ」

と、おじいちゃんは話しかけてこられました。

人工のせせらぎの浅瀬を見ると、まず目についたのはアメンボウでした。

 

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写真ではよく分かりませんが、アメンボウの下を丸々と肥えたメダカらしき魚が群れを成して泳いでいました。

あまりに肥えすぎていて何か別の魚のようにも見えますが、おじいちゃんの言葉に反論する理由もありませんので、「そうですね」と応えました。

するとおじいさんは、「ホタルもいますよ」とおっしゃいます。
どうやら私はおじいさんの体の良い暇つぶしの相手になってしまったようです。

立て看板がありました。

 

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写真だけ見ると自然豊かな林の中にあるようですが、一応ここは街のど真ん中です。

この立て看板の向こうには野球を楽しめるほどの広さの公園があり、歩いて数分くらいのところには街一番の商店街があります。

ですが、街の真ん中からも若い人は離れつつあり、この地域の住人は古くからここに住む方が中心になっています。つまり、お年寄りが多く住まれています。

お年寄りたちは、住みなれたこの街を愛し、ここから離れようとはされないようです。

そして、若い人が減っていくこの街に、失われつつある自然を取り戻そうとされているように思えます。

そんな先入観を持って立て看板の文字を見れば、そこそこご高齢の方が書かれた文字、文章に見えなくもありません。

 ホタルの赤ちゃんから
 ・水に入らないでネ!
 ・石をうごかさないでネ!
 ・草をぬかないでネ!

私に話しかけてこられたおじいちゃんも、70代後半くらいの方でしょうか。

朝の散歩を楽しまれている途中に、暇つぶしに頃合いの男を見つけて話しかけてこられたようです。

暇つぶしの相手はたぶんこの私です。

この立て看板の正面は生活道路になっています。
民家もありますし、車の往来もけっこうあります。
公園と道路を仕切るフェンスのところに、大きなビニールシートが張ってありました。

おじいちゃんの説明によると、外からの明かりを遮るために張っているそうです。
この立て看板の足元にホタルの幼虫を放流しているのでしょう。
ホタルが飛び交う季節はもうすぐです。
「また、見に来ますね」

とおじいちゃんに言って、私は公園を後にしました。

社交辞令のつもりではありません。

 

故郷の町にもホタルは飛んでいました。

大学に入学した春に私が故郷の町を出るまで、きっと毎年ホタルを見ることができたはずなのに、私が覚えているホタルの思い出はたった一度きりです。

小学校低学年の頃だったはずです。

私はわらほうき(藁箒)を持って自宅の裏に出ていきました。
そこには田んぼへの用水路を兼ねた小川が流れています。

夜何時頃だったでしょうか。もう真っ暗でした。
真っ暗なのは時間が遅いからばかりではなく、自宅の裏の向こうには山が控えているだけで、一軒の家も建っていませんでしたから、月明かり以外の照明がなかったせいでしょう。

小川の流れの上に無数のホタルが舞っていました。
小川の水流はけっこう早く、水の音がはっきりと聞こえていました。
ホタルたちは人の気配にも少しも慌てる様子はありません。

私たち子供はめいめいにわらほうきを持って、ふわりふわり飛んでいるホタルの群れに向かって空を掃くように振り回しました。

わらを束ねたほうきの部分を手元に持ってきて見てみると、わらの間にホタルが何匹も挟まっていました。

本当にあっけなく、簡単にホタルを捕まえることができました。

毎晩見ることができるのに、私はわらの間からホタルを掴み取ると、虫カゴに閉じ込めました。

十匹近く捕まえました。

そして、家に持ち帰り部屋を暗くして、ホタルの柔らかな光の明滅を楽しみました。

 

翌朝、ホタルはもう光ってくれず、じっとしたまま動かなくなっていました。

酷いことをしたものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

  
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