森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

猫の日に猫のことを書かずに山猫は名乗れない。

2月22日、猫の日である。

猫の日に、猫について書かずに山猫は名乗れない。

もちろん猫好きだから山猫を名乗っている。

飼っていたこともあるし、友達になったこともある。小説の題材にしたこともあるし、スマホケースの柄もそれで選んだし、次男の名前を猫次郎にしようとしたこともある。

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奥さんに叱られて、泣く泣く猫次郎はあきらめたが。

猫好きだけど、今日になるまで今日が猫の日だということを忘れていた。で、たぶん猫の方からそれを伝えようとしてくれていたらしい。

先週の日曜日、久しぶりに映画を観た。映画館で見逃した映画がやっとDVDになってレンタルできるようになったので、早速借りて観たのだ。

『世界から猫が消えたなら』だった。

世界から「大切な何か」を一つ消すことと引き換えに、脳腫瘍で死を宣告された男がそのたびに一日だけ生き延びられる、という物語だ。主人公は佐藤健が演じていた。主人公の愛猫の名前は「キャベツ」。

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(映画『世界から猫が消えたなら』より)

山猫は(僕は)一度だけ猫を飼っていたことがある。名前は「チーコ」。小学生の頃だった。

子猫の頃に親戚から譲ってもらって、まだ固形物が食べられないので牛乳を飲ませて、トイレの仕方を教えて、一緒の布団に入って寝た。まだトイレがちゃんとできなかったから布団の上でウンチをされた。それでも懲りずにまた一緒に寝た。

思い出を書いてるだけで懐かしい。ドキドキしてきた。

チーコは名前は女の子みたいだけど実はオス猫だった。一度彼女を連れてきたことがあった。

チーコが家から出入りするときにいつも使っていた勝手口に、ある日ボサボサの毛並みをした野良猫がやってきた。そばにチーコがいた。

「この子に食べ物を用意してよ」とチーコは鳴いた。

鰹節をたっぷり混ぜこんだ猫マンマを茶碗に入れてその野良猫の前に置いてやると、飛びつくようにして食べ始めた。よほどお腹がすいていたらしかった。

ひとしきり食べて落ち着いたところで、山猫は(僕は;うーん、ややこしい)そいつを抱き上げてみた。お腹いっぱい食べたはずなのに、嘘みたいに軽かった。ガリガリだった。

「僕の彼女だからね、大事にしてよね」とチーコはもう一回鳴いた。

 

でも、チーコとの別れは残酷だった。

山猫は中学受験をしたのだが、その受験勉強の邪魔になるから、という理由でどこかへ連れて行かれてしまったのだ。勉強の邪魔になるほど、当時の山猫はチーコを可愛がっていたのだろうか?

チーコを奪われた山猫はきっと猛然と親に食ってかかったはずだが、ずいぶん昔のことなので、その辺りのことをなぜか詳しく思い出せない。

チーコが連れて行かれた先はひょっとして、保健所? まさか。

 

ちょうど今から24時間ほど前(つまり昨日)、野良犬のことをネットで調べていた。そこにこんなグラフがあって、それを参考にして野良犬の殺処分数を前回のブログに書いた。

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出典:環境省ホームページ

環境省_統計資料 「犬・猫の引取り及び負傷動物の収容状況」 [動物の愛護と適切な管理]

 

このグラフは猫の殺処分数にも触れていた。

まさか。

 

 

あー、ごめん。チーコ。

猫の日のことを書いてて、猫が好きだってことを書いてて、まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。

怒ってるんかな、チーコ。

ごめん。

ごめん。

 

 

 

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