森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

良薬 (創作短編小説)

 

 

良薬は口に苦し。

つまり、よく効くクスリは不味い。だから我慢して飲め。
ということでしょうか。

昔の人の言葉だと思います。
こんな無茶苦茶なことをよく平気で言っておられたものです。

最近では医療が発達し、一方で医薬品のPR戦争もいよいよ激しさを増してきております。

ですので、そうそうのん気なことを言ってもおられなくなってきました。

なんと言っても、飲みやすいのが良薬です。
さらに言えば、薬だと意識せずに飲めるのが最高の良薬です。

 

いわく。

「赤の錠剤は胃腸薬です。いちごの味がいたします。黄色の錠剤は頭痛薬です。レモンの味がいたします。青の錠剤は・・・」

いわく。

「お水でごくん、などと飲み込まれる必要はございません。当社の栄養補給剤はそのまま食べられます。お子様のおやつにも・・・」

いわく。

「新発売!! ガムを噛みながら便秘が治せます」

いわく。

「下痢止め薬が入ったカレーです」

いわく。

「太り気味の方、食べすぎを気にしていらっしゃる方のための調味料です。これをお使いになったお料理なら、どんなにお食べになっても・・・」

いわく・・・

 

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病院へ行けば、そこには人目を引く派手な造りに、消毒の匂いなど一切しないカフェのような風景があります。

と言っても、消毒していないわけではなく、匂いがしないだけです。

つい先日は、自分好みの匂いの排気ガスを出せるガソリンも販売を開始したと聞きます。

 

診察室では、母親がドクターに強い口調で何か訴えています。

「うちの子は注射がきらいなんです。どうしてもとおっしゃるのなら、できるだけ甘いのにしてください」

ドクターは笑顔を少しも絶やさず、母親の言葉を快く引き受けると、注射器のアンプルを取り替えたりします。

甘い? 注射に甘い辛いがあるはずないだろ
などと心の中で思っても、表情には一切出しません。

なにしろ、仕事の前に笑顔誘導のビタミン剤を飲むのは、客商売を営む上での常識ですから。
しかも、そのビタミン剤をその日の彼はいつもの三倍量も飲んできたのです。

患者たちの医療への期待は増大するばかり。
つくづく彼は疲れ果てていました。

「ええっと、お嬢ちゃんはアイスクリームはお好きかな? え? バニラがいい? じゃあそれにしましょう。ええ、ええ、全然痛くないですよ。一緒に麻酔も注射しますからね」

女の子が少し気を許した瞬間に、ドクターは目にも留まらぬ早業で注射を済ませます。
そして、診察室を出ようとした親子に、ドクターはさらにさらににこやかな笑顔を見せて、女の子にペロペロキャンディーをサービスしました。

実は注射の方は見せ掛けだけで、キャンディーの方が薬なのですが。

 

ああ、これでこの日の診察は終了です。
というわけで、ドクターはひと息ついて、禁
煙室内用のタバコに火をつけます。

なんでもかんでも薬だけで済ませてしまうと、ドクターの値打ちがなくなるからな。

とブツブツつぶやきながら、デスクの上を整理し始めました。

見慣れない色の錠剤が入った小瓶がありました。
蓋を開けて匂いを嗅いでみます。

鼻をくすぐるような甘い香りがしました。

美味しそうなので一粒だけ。

「おい、これ、何の薬だ」

ドクターは後ろを振り返って、看護師に訊きました。

 

「毒薬ですわ」

「どうしてこんなものが     」

と言い掛けて、ドクターは体勢を崩してしまいました。

彼の身体は床の上に不自然な形にねじれて落ちました。

そしてそれきり、その身体は動かなくなりました。
彼の
心臓と肺は機能を停止したのです。

が、それを少しも気にしないで、看護師はしゃべり始めました。

いわく。

「とろけるような甘さがあなたの身体を包み込みます。心臓と肺が止まるまでの最期の瞬間はたったの10秒。一切痛みは感じません。どうぞご安心を」

 

「食べ物イコール薬なんて考え方をやめさせるには、これが一番良い薬なのよ、きっと・・・」

「・・・それに、ドクター。あなた最近お疲れだったでしょ」

そう言い足すと、看護師はクスリ、と笑いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

  
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