森の奥へ

街の喧騒に惹かれて森を出た山猫はいつの間にかずいぶんと歳をとった。いつかもう一度故郷の森の奥へ帰りたいと鳴くようになる。でも、街の暮らしはなかなか捨てられるものじゃない。仕方ないから部屋の壁紙だけ森の色に染めてみた。

山猫ノート 阪神淡路大震災記 6

 あの日の昼頃まではそうやって、ずっと家の瓦礫を掘り返して過ごしていた。
 いつ頃家に戻ったのかよく分からない。覚えているのは、わが家の薄暗い一階のダイニングで、食器棚から飛び散ったお皿や茶碗の山と、中身を全部放り出してドアが開いたままだった冷蔵庫の前で、一人で座っていた情景だ。
 電話が鳴ったんだ。それで初めて電話が使えることが分かった。職場の上司からの安否を尋ねる電話だった。
 電話って使えたんですね、そんな間の抜けたことをしゃべった覚えがある。
 その後も何人かから電話があり、病院にいた母からもかかってきた。母も無事だった。次の日、一度家に戻ってくるという。その時初めて気づいた。内ポケットに入れていた父の位牌がない。それを謝ると、受話器の向こうから、お父さんが身代わりになってくれたんだね……、と母の小さく震える声が返ってきた。

 

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